小百合と茨は双子の兄妹で、ふたりは12歳の時に死別している 続きを読むRe:quiemというタイトルだった過去の設定では、「小百合の投げたボールが車道に行き、拾いに行った茨が車に轢かれて死んでしまい、仲良しだった一家が崩壊する」みたいな感じ 双子の母は麗というけれど、彼女は元々やや精神的に不安定なので、自分の息子が自分の娘きっかけで死んでしまったことを上手く処理できなくて壊れてしまい、自死する。父にはこの頃まだ明確な役割が設定になかったので、家族を置いて失踪するだけになっている。 「マドロミメモリーズ」というタイトルになるにあたって、Re:quiemの時「月世界のお話」と「現実世界のお話」で分けていたのを止め、現実感とファンタジー感が混ざるようになった。ここまで積み重ねてきた設定をリセットして再出発したい気持ちがあったので「Reincarnation」という副題をつけていたため「転生」がテーマの一つ。茨は10年前からいる大事な存在だけど、現実世界をメインにするとしたら死んでいたら登場できないなと思い、双子が主役というテーマでこの創作を考え始めたのに片方が留守なのは嫌だと思ったので「転生体」という設定が生まれる マドメモの世界では、転生は=ではなく≒ 転生した茨は自分自身が本物の茨なのかみたいな、存在理由を悩むキャラクターとして登場する 現在の設定では、小百合と茨が離別する事故が根本から変わっている 以前の設定は、平たく言えば小百合の過失で茨が死んでしまうことになり、その後の話を展開させるのが難しかったので、茨の意思で小百合を助ける(生存権を譲る、と表現してる)ことになってる ファンタジー要素てんこ盛りで どちらにしても小百合は「自分のせいで茨が死んだ」ということを引きずっていて、見た目よりはずっと不安定な性格なのはそこに理由がある 誰より茨が好きだから、誰より茨より自分が死んだほうがよかったと思っている その思考でまた別の誰かを傷つけているというのが、物語の序盤における小百合というキャラクター 茨に設定しているテーマは三つ ○死ぬ前の自分と、まがい物で構成され転生した自分は同じ生命体なのか、ということ。 ○死にまつわる神聖視というか、死んだことで本当の茨を誰も正しく見られなくなっているということ。 ○そもそも茨の死は自己犠牲を行き過ぎて誰のことも考えていない「英雄的な行動」であるということ。 若くして、しかも客観的には割かし格好良く散ってしまった茨のせいで、狂った人間が多い。それは主人公の小百合も同様だけど、それ以上に小百合は当事者として茨を唯一「怒る」権利がある マドロミメモリーズはある一年をひとつの土地の色んな軸から描く話だけど、その一年を経た小百合はとても強くなって、自分をないがしろにした茨を怒れるようになる。茨は逆に、自分の再定義された命を「いるんだから、いる」と呑み込み、それでも小百合に伝えたかった気持ちを理解する 月はここでは観測者であり第三者であり、自創作は突き詰めるとどこまでも双子が軸の話 生のイメージがある薔薇の名前を持つ方が死に、死者に手向けるお花の一つの百合を名前に持つ方が生きている みたいなイメージがある 麗達の役割とかも変わった ずっと親失格っぽい側面を推していたけど、マドメモとして現実世界のほうを一つの物語にするなら両親にも頑張って欲しいと思った 一応、Re:quiemの時よりマドロミメモリーズは全てにおいて前向きな展開にしている畳む #マドメモ全般 2025.12.01 まどろみ町回覧板
Re:quiemというタイトルだった過去の設定では、「小百合の投げたボールが車道に行き、拾いに行った茨が車に轢かれて死んでしまい、仲良しだった一家が崩壊する」みたいな感じ 双子の母は麗というけれど、彼女は元々やや精神的に不安定なので、自分の息子が自分の娘きっかけで死んでしまったことを上手く処理できなくて壊れてしまい、自死する。父にはこの頃まだ明確な役割が設定になかったので、家族を置いて失踪するだけになっている。
「マドロミメモリーズ」というタイトルになるにあたって、Re:quiemの時「月世界のお話」と「現実世界のお話」で分けていたのを止め、現実感とファンタジー感が混ざるようになった。ここまで積み重ねてきた設定をリセットして再出発したい気持ちがあったので「Reincarnation」という副題をつけていたため「転生」がテーマの一つ。茨は10年前からいる大事な存在だけど、現実世界をメインにするとしたら死んでいたら登場できないなと思い、双子が主役というテーマでこの創作を考え始めたのに片方が留守なのは嫌だと思ったので「転生体」という設定が生まれる
マドメモの世界では、転生は=ではなく≒ 転生した茨は自分自身が本物の茨なのかみたいな、存在理由を悩むキャラクターとして登場する
現在の設定では、小百合と茨が離別する事故が根本から変わっている 以前の設定は、平たく言えば小百合の過失で茨が死んでしまうことになり、その後の話を展開させるのが難しかったので、茨の意思で小百合を助ける(生存権を譲る、と表現してる)ことになってる ファンタジー要素てんこ盛りで どちらにしても小百合は「自分のせいで茨が死んだ」ということを引きずっていて、見た目よりはずっと不安定な性格なのはそこに理由がある 誰より茨が好きだから、誰より茨より自分が死んだほうがよかったと思っている その思考でまた別の誰かを傷つけているというのが、物語の序盤における小百合というキャラクター
茨に設定しているテーマは三つ
○死ぬ前の自分と、まがい物で構成され転生した自分は同じ生命体なのか、ということ。
○死にまつわる神聖視というか、死んだことで本当の茨を誰も正しく見られなくなっているということ。
○そもそも茨の死は自己犠牲を行き過ぎて誰のことも考えていない「英雄的な行動」であるということ。
若くして、しかも客観的には割かし格好良く散ってしまった茨のせいで、狂った人間が多い。それは主人公の小百合も同様だけど、それ以上に小百合は当事者として茨を唯一「怒る」権利がある
マドロミメモリーズはある一年をひとつの土地の色んな軸から描く話だけど、その一年を経た小百合はとても強くなって、自分をないがしろにした茨を怒れるようになる。茨は逆に、自分の再定義された命を「いるんだから、いる」と呑み込み、それでも小百合に伝えたかった気持ちを理解する 月はここでは観測者であり第三者であり、自創作は突き詰めるとどこまでも双子が軸の話
生のイメージがある薔薇の名前を持つ方が死に、死者に手向けるお花の一つの百合を名前に持つ方が生きている みたいなイメージがある
麗達の役割とかも変わった
ずっと親失格っぽい側面を推していたけど、マドメモとして現実世界のほうを一つの物語にするなら両親にも頑張って欲しいと思った 一応、Re:quiemの時よりマドロミメモリーズは全てにおいて前向きな展開にしている畳む
#マドメモ全般