それはまるで、お月様が目の前に落ちてきたような──。
とにかく、心奪われる光景だった。
一面真っ暗闇の中、目の前のおっきなお月様が光源となるように、辺りを照らしている。とっても、眩しく。
そして、そんなお月様をバックに──もうこの世にはいないはずの、この世で誰よりも大好きだった存在が、立っている。
──茨。
わたしは声をかけようとしたけど、声が出なかった。
──“ぼく”だよっ!
茨との思い出を呼び起こしながら──でもやっぱり声は出ない。
そして、あの時、“ぼく”だけが生き残ってしまったように。
茨はぼくを置いて、静かにお月様の方へ歩いて吸い込まれていってしまった──。
◆◇◆
「──茨っ!」
わたしは叫びながら、目を覚ました。
やっと、声が出た……! ……って思うと同時に、さっきのが夢だと気づく。
「……うぅ、また、この夢。……寝ているときに見る“夢も”、わたしは色々引き寄せちゃうのかな……」
なんて、大きな独り言が零れちゃう。
最近よく見る──この夢を見るときは、いっつも陰鬱な気分になる。寝巻もぐっしょりと嫌な汗で濡れていた。
と、そんな時。
「──どうしたんですか、朝っぱらから大きな声出して」
部屋に
「真人、おはよう」
努めて冷静に、わたしは挨拶する。
「いやおはようじゃなくて……僕は、なんで朝からあんな大きな声を出していたのか聞いてるんだけど」
「うん……ちょっと、コワい夢を見て、思わず飛び起きちゃったの」
「怖い夢?」
「すっごい大きくなったお月さまが、目の前に来る夢」
「……月が」
(ウソは言ってない……よね)
「ねね、コワくない?」
「……いやまぁ、怖いですけど」
わたし……動揺が隠しきれてないのだろう、真人に怪訝な目を向けられる。色々分析してくれてるんだろうなぁって思う。
(でも、真人には心配かけるべきじゃないし……)
茨のことは──わたしの根本的な悩みは、自分の問題だし。
「そういえば、月と言えば──」
真人が何か思い立ったように言う。
「最近じゃ、町は盛り上がっていますね。そろそろ、“皆既月食”だとか」
「あー……うん、そうだね。お月さまが、地球に隠れちゃう──町のみんなは、お月さまが赤い褐色に見えるようになるから、お月さまが照れてるんだーとか言ってるね」
「僕も興味は無いけど……あんたからしたら、眉唾モノなんでしょ?」
「あはは、そこまでは言わないよ。でも、ただの自然現象だから。ちょっと大げさじゃない? とは思うかな」
「……なんか、そう考えると、月ってあんたみたいだな。だからこそ、翻弄されてるのかも」
「え?」
「何でもない。……それより、支度しないと遅刻しますよ」
そう言われて、わたしは気づく。
制服姿で準備が整っている真人。対して、まだ寝巻のわたし。うっすらと立ち込める、朝ごはんのにおい。
「す、すぐ準備するから! 起こしてくれてありがとう、真人! おはよう!」
「いや、おはようはさっきも聞きましたよ。……おはよう」
遅刻は迫っていたけど……家族と、平和な日常がスタートするのはいつもと一緒だった。
せかせかと支度をしようとするわたしに真人が口を開く。
「……あのさ、怖くても、夢は夢だから」
「え──う、うん……ありがとう、真人」
真人の言葉に、胸に温かいものが広がる。
それは、荒唐無稽な夢のようにすぐに消えてしまった。心配してくれて嬉しいと、心配させたくないが……相殺しあったのかもしれない。
◆◇◆
学園の帰り道。
僕は一人で帰路についていた。町は、訪れる皆既月食に、どこか浮足立った感じだ。
『お月様はずっと私達を照らしてくれているから、たまには地球の影に隠れてお休みするのかな?』
『きっとそうだよ。だってお月様って、朝とか昼は見えないけど……朝も昼も、ちゃんとお空に浮かんで、私達を見守ってくれてるらしいから』
『あたしは、ちょっと怖いけどな。だって皆既月食の日って、辺りがとっても暗くなるじゃん? まるで、世界の終わりみたいに』
『実際、“厄災の日”なんて言う人もいるくらいだからね』
と、月が丘女学院の制服を着た女生徒が盛り上がっている。
けれど、僕には興味の無い話だ。
(……あいつ、なんか思い悩んでる感じだった)
朝、どこか様子のおかしかった彼女。怖い夢を見たと言っていたけど……その夢自体は、大したこと無さそうだったけど──“月”が関わっているから、気落ちしていたのだろう。
(あいつの不幸に僕が名前をつけるのはおこがましいけど、あいつのはサバイバーズ・ギルドに近い心理状態なのかもしれない)
不慮の事故から自分が生き残ってしまったという罪悪感が、彼女を苛んでいる。
(……いや、やっぱり僕がそう判断するのはおこがましいか)
僕はただ、彼女の幸せの一助になる手助けができればいい。というか、そうすべきだ。それが僕の責任だ。
……そう、だよな? でも、今日の彼女の様子は──。
……いや、それよりしかし。
(……思い悩むあいつは、どこか掴みどころがない)
意識的なのか──いや、彼女の場合、無意識なのかもしれない。他人に対しては真っすぐ向き合うのに、自分に対しては抱え込みがちというか。表に出さないというか。
……朝の彼女は、心に皆既月食が起きてしまっているような──。
なんて、柄にもないことを考えながら。
マフラーを上にあげて、なりを潜めるように、ざわつく町の中を歩いていくのだった──。
◆◇◆
わたしはその日も、例の夢を見た。
大きなお月さま、その輝きをスポットライトのようにして立つ茨。
やっぱり、声は出ない。夢を引き寄せるだけ引き寄せて、何もできないわたしを象徴しているみたいな、中途半端な明晰夢。
でも、たとえ、声が出るとして。わたしは、茨にどんな言葉をかけていいかわからないかも。話したいことは、言いたいことは、たくさんあるはずだけど。かけるべき相応しい言葉は、一体なんだろう。
なんて、考えていると。茨はまた、月に吸い込まれていく。
それでもなお……やっぱり、なんて言葉を象ればいいか、わからなかった。
だけど……。
「え──」
そんな声が、零れていた。
茨と一緒に──お月さまも、遠ざかっていったから。
辺りが一気に、暗くなる。
その光景は──お月さまが、わたしを解放してくれているようで──だけどどこはかとなく、寂しさも覚えた。
◆◇◆
そうして、皆既月食の日。
ソユーズ内で、こういう日は何か起きるんじゃないか……って話だったけど、町がちょっとざわついているくらいで、特に問題は起きず、四季暦の家に帰ってくることができた。
お月さまが、地球の影に隠れる日。
わたしの夢では──お月さまが隠れるどころか、どこか遠くへ行ってしまったけど。
夢は、夢。
だけど……。
夢の中、お月さまが茨と一緒に、離れていってしまったからなのかな。やっぱり心がざわざわしている。
なんて、夕食後……ひとりで部屋で悶々としていると。
陣内さんに呼ばれた。なんでも、みんなで皆既月食を見るとかって。わたしは心配をかけまいと、いつもの調子で返事をして、部屋の外に出ていった。
外に出ると──お月さまが、ほのかに赤褐色になっていた。
「皆既月食で騒ぐなんて、って思ってたけど……こうして見ると、結構キレイね」
と、陣内さんが空を見上げながら言う。たしかに、綺麗……。……とは言い切れない、今、お月さまに複雑な気持ちを抱いてるわたし。
「お、おれは、辺りが暗くてブキミに思えるかもなあ……」
そう、不安気に空を見つめるはミカド。
「……やっぱり、イヤな予感がする。でも、皆既月食で何が……」
あめりは小さく呟きながら、呆然と見ている。
あめりは別として……でも、これが、お月さまを見る本来の形なんだと思う。月に行ってみたいと夢を見ること、ただただ綺麗だと感慨を抱くこと、特に興味がないこと……それが、天体のあるべき形。誰かに押し付けて、いいものじゃない。
だけど、今のわたしは──あの夢のせいで、自分がお月さまにどんな感情を抱いているか、分からない。
「──実際のところ、科学で証明されているイチ現象に、一喜一憂するなんて、相変わらずおかしな町ですよね」
いつの間にか、隣に真人がいて、天を仰いでいた。
「……でも、お月さまがいなくなったら、きっと誰でも寂しいよ」
なんて、わたしは自然と言葉が零れていた。
これが……本音、なのかな。
「……確かに、当たり前のものが消えてしまうのは寂しい。でも月もそれを分かっているはず。自分が、“消えていい存在でない”ことくらい」
「真人……? お月さまが分かってる……? なんか今日、ろまんちっく?」
「……あんたってほんと、鋭いのか鈍感なのか……」
「えー、えっと……当たり前のものが消えてしまうのは、寂しいことで、それがお月さまで……ううん?」
分かりそうで、分からなくて。わたしは小首を傾げる。
(わたしは、お月さまに囚われてる……。でも、お月さまが消えることなんて望んでいなくて……)
やっぱり、真人の言いたいことは分からない。こういう空想は、好きなんだけど。今のわたしは、夢のせいでお月さまと茨──過去をリンクさせちゃうからなのかもしれない。
「──あ、真人、お月さまが消えちゃうって言えばね、今日もヘンなコワい夢を見て──」
そう、言った瞬間。辺りが一層と、静かに暗くなっていった。
完全に、地球の影に覆われようとしている──そう、思った。
しかし……。
違う。
まるで、あの夢のように。
お月さまが──小さく、なっていったのだ。まるで果てのない空に、宇宙に吸い込まれていくように。
一層と──もはや、光のない真っ暗闇の空間に成り代わる。
「ねぇ、みんな、アタシの勘違いじゃないわよね!?」
と、陣内さん。それを皮切りに、みんなも間違いないと顔を見合わせる。
しかし──すぐにまた、辺りが光が舞い戻る。一気に明るくなる。
みんな一様に、再び空を見上げる。
すると……。
数多もの流星群が、降り注いだ。いくつお願いしても、願いの方が足りないんじゃないかってくらい。
「わあ、流れ星だー。しかも、こんなにたくさんっ。えっと……おかあさんが帰ってきますように……」
両手を合わせて、懸命にお願いする英里。
それに同調するように、手を合わせるミカド。
「じゃあ、おれも……って、急にお願いって出てこないもんだな……。えっとー……そうだ、苺が食べたい。もう、食べきれないくらいっ」
ミカドはマイペースにお願いをする──ううん、このあまりにもな光景に現実逃避をしているのかも。
「……これはまた、この町にヘンチクリンなことが起きそうですね」
冷静に言う真人。
「……やっぱり、イヤな予感は当たってた。これから、何か起こるわ」
あめりは心配そうな顔をして、そう言った。
だけど、わたしは……。
この現象に──まるで、夢で茨に、なんて声を掛けるべきか分からなかったように。
何を思っているのか、自分でも分からなかった。
◆◇◆
翌日。その日は夢を見なかった。
だけど……夢みたいなことが、四季暦の家の朝で起きた。
リビングの観葉植物に──大量の苺が生えたのだ。
「これ、おれが流れ星にお願いした結果かな!」
なんて、ミカドは盛り上がっていたけど。
明らかに、あめりの言う……何かの前兆に感じられた。
そうして、学校の教室で。
あやめと話し合う。
「──例の大量の流れ星、私が朝、町で調べた感じですと、『小さなことならなんでも願いが叶う』なんて噂らしいですわよ」
「小さなこと? なんか、曖昧だね」
「えぇ。たとえば、大金持ちになりたい──と昨晩の流れ星に願ったひとは、叶わなかったらしいですけれど……沢山アイスを食べたいと願ったひとは、朝起きたら、冷凍庫に沢山のアイスが入っていたとか」
「食べ物系お願いする人結構いたのかもね……」
ミカドとかね──現に、ミカドのお願いも叶っていたわけだし。
そのタイミングで、教室に巴が入ってくる。真っ先に、わたし達の元へ。
「おはようございます。情報収集をしてきました。昨日の大量の流星群──やはりというべきか、E.B.E.の仕業だそうですよ。目撃情報があって──なんでも、お人形さんみたいな存在が、空に手を掲げた瞬間に、流星群が降ってきたとか」
と、説明する巴。
「お人形さんみたいなE.B.E.かぁ。でも、小さな願い事なら叶えてくれるって……そんなにワルいE.B.E.じゃないのかも」
昨日の流星群は、大量すぎてちょっとコワいくらいだったけど、でもそんな気がする。「そうですわね」とわたしに同調するあやめ。巴も、頷いて。
「そうですね。それより問題なのは──月が、遠ざかってしまったということでしょうか」
そう、続けた。その巴の言葉に、ズキンと胸が痛む。
「まあ、それも流星群のE.B.E.の仕業なのかもしれないですけれど……平行して、調べた方がよさそうですわね」
そのあやめの言葉も全然頭に入ってこなかった。
◆◇◆
それから、数日が経った。毎日のように、例の大量の流星群は降り注いでいる。
ソユーズの調査の結果、やはり流星群はE.B.E.によるものらしい。“星降らしのE.B.E.”なんて今は呼ばれている。些細なお願いごとなら、何でも叶えてくれるE.B.E.──このまどろみ町に相応しい存在なのかもしれない。
そして……お月さまも、さらに、どこかへ消えようとしていた。もはや目を凝らしてもその姿はほとんど見えなくなっていた。
学校の帰り道、わたしは、ほの暗い夕焼け色が
(……わたしのせい、なのかな)
あの夢とリンクしているのもそうだし、ここまでお月さまに影響を及ぼすのなんて、わたしの潮汐力しかない。
(でも、わたしは……)
わたしは。
今、お月さまと向き合うことが、とっても怖い。あの夢で、茨に何を話せばいいか分からなかったように、どうこの事象に向き合えばいいか分からない。
(やっぱりわたしは、この世界に居ちゃいけないのかな)
久しぶりの感覚。その答えを見つけるため──って思っても、今は少し気後れしてしまっている。
(昔のわたしなら……)
降り注ぐ流星群に、“消えてしまいたい”と願っていたかもしれないなって、そう思った──。
なるべくいつも通りに、「ただいま」と言って四季暦の家に入る。すると、そわそわとしながら、玄関の方へと向かってくるあめり。
「……おかえりなさい、小百合さん。えっと……町の様子、どのような感じだった?」
不安気な色を顔に滲ませて、そう言うあめり。
「町の様子? うーん……みんな、流れ星を心待ちにしてたかな?」
正直なところ、自分の考え事ばかりしていて、あまり目を向けられてなかったけど……。
「そう、なんだ……」
「あめり?」
どこか歯切れの悪いあめり。口をもごもごとさせて、何か言いたげだ。
「あの、流星群……願い事、本当に叶うじゃない……?」
「うん、ソユーズの調査だと、小さなお願いなら何でも叶うって話だね」
「……イヤな予感が、止まらないの」
「え?」
「詳しくは、分からないわ……。でも、このままだと、町のひとから、どんどん気力が失われて……──宗教団体? みたいな存在が、町のひとを騙して悪さをする、みたいな……」
「お願いが叶うのに、気力が失われるの?」
「うん……。これは、私の予想が入っちゃうけど……お願いが、叶うからこそだと思うわ。……うまく言えないけど、お願いが何でも叶うってことは、それだけ、叶えたいことのために努力するひとがいなくなるってことだから」
「……そっか。なるほど、そういうことだね」
何か目的があるから、ヒトは頑張れる。わたしが、“生きていていい”理由を探して、世直しに奮闘しているみたいに。
うんうんとわたしが頷いていると、そこに陣内さんもやってくる。
「──叶うかは分からないけど、夢に向かう姿勢そのものが、人間の原動力ということね。月並みなことかもしれないけど、結果より、努力した過程そのものが人間の糧になるみたいなね」
「努力した過程……」
陣内さんの言葉を反芻する。
わたしは、どうなのかな。
これまで、茨に恥ずかしくない行動をしてこれたのかな。
「陣内さん、あめり……わたしは、暦のみんなのため──町のために、がんばれているのかな──」
自然と、そんな言葉が躍り出ていた。だけど、慌てて口元に手を持っていって、
「小百合さん?」
そんなわたしに、疑問符を浮かべるあめり。
「な、なんでもないよ、あはは……それより、あめりの予知を避けるためにも……早くE.B.E.なんとかしないとねっ! 陣内さんの言う通り、夢は自分の手で叶えてこそだもんねっ」
そう、無理やり自分を鼓舞するように、ぐって拳を握る。
そんなわたしを、あめりはじっと見つめて。
「……小百合さんは、誰よりも私たちのために──この町のひとのために、ガンバっているわ」
優し気な声音でそう言ってくれた。
「そうね。小百合はアタシ達の太陽のような存在であり、この町のお月様のような存在だからね」
陣内さんも、わたしの頭をぽんぽんと撫でながら、そう言ってくれた。
「あめり……陣内さん……」
胸中に、家族の温もりが広がる。
あぁ、わたしは──今のわたしにだって、こんなに温かい家族が傍にいてくれるのに、何を迷っているんだろう。
「──何を、自惚れたこと言っているんですか。他人の人生を狂わせるくらい、大層な存在だろ、あんたは」
そこに、静かな足音を奏でながらこちらに向かってきて、そう言う真人。
「真人……。そ、そうだよね、なんか、ヘンだね、わたし。わたしも、町のみんなみたいに、お月さまが遠くに行って、ナイーブになってたのかも。わ、忘れて……?」
「……いや、忘れないよ。あんたも……自分と、向き合うべきだと思うから」
「え、わたしと向き合う?」
「他人に強く干渉することで、他人のためにひたむきに行動することで、自分の存在意義を探ろうとするのではなく。等身大のあんたで、過去と向き合うべきだ」
澄んだ瞳で、されどどこまでも真剣な瞳を向けてくる真人。
「ありがとう、真人。でもね、大丈夫だよ。みんなのお陰──もちろん、真人もだよっ──今のわたしは、みんながいれば、どんな壁だって乗り換えられるんだからっ」
「……いや、こういう時のあんたはどこまでも強情ですね」
「んん? ご、ごうじょうじゃないよ? ほんとのほんとに、そう思ってるよ?」
「はぁ……何でもいいです」
嘆息しながら、真人は──わたしの手を握る。
「え、真人……?」
「……これから、“押し付けがましい”ことをあんたにします。ただ、これはあんたの“押し付けがましさが僕にも移った”、ということにしておいて」
マフラーをくいっとあげて、鼻先まで隠しながら、靴を履いた。そして、「……今日は遅くなります、院長」と陣内さんに言ったあと、わたしの手を引きながら、もう片方の手を玄関扉にかける。
「え、どこか行くの?」
「いいから、ついてきて」
真人はわたしの問いに答えることなく、扉を開けて……訳の分からないまま、わたしは外に連れ出された。
「これは、青春の香りねぇ」
「……久しぶりに、いい予知が降りてきそうな予感がするわ」
そんな、陣内さんとあめりの声を背後に……強引だけど、真人の温かい指の感触を感じながら、わたしは手を引かれていくのだった。
太陽が沈んだ、月明かりのない夜。真人は珍しく、ぐいぐいと、わたしを先導していく。
「──はぁはぁ……、月に向かうイメージで、走って……」
「えぇ、そんなこと、言われても……」
真人は時折、そんなことを言ったけど……訳が分からず、わたしは手を握っていることしかできなかった。
(……でも、真人は、わたしを元気づけるために……してくれてるんだよね)
真人の目的は、分からなかったけど……。そのことだけは、身に染みて。ずっと、心は満たされていた──。
気づけば、満欠駅の方まで来ていて──その近くの河川敷まで行くと、真人はそっとわたしの手を離した。全力疾走したあとみたいに、真人は息を乱す。
「真人、大丈夫? いっぱい走ったから、疲れたでしょ?」
「はぁ……はぁ……、逆にあんたは、相変わらず体力無尽蔵ですか……」
わたしはハンカチで、額に浮いていた汗の玉を拭ってあげる。すると真人は、どこか照れ臭そうに「ありがとう」と言った。
「……それで、ちゃんと月に向かうイメージはして、ここまできました……?」
「え……それ、よく分からないよ。えっと……何かの比喩、だよね……?」
「あながちそうでもないですよ。……だってあんたは、月に似ている存在だから」
「わたしがお月さまと……? あはは……この間もだけど、真人、最近ロマンチックすぎてムズかしいな」
「……朝や昼は、存在を主張せず人々を見守り、夜には眩しく世界を照らしつける。そんな、いつでもそこにいる、当たり前の存在。……僕にとって、あんたはそういう存在……ってこと……」
「えぇ、そんな大層なもんじゃないよ、わたしなんて! ただ、自分がしたいように、自分ができること、精一杯やってるだけだからっ!」
「いや鈍いですねあんた……変なとこは鋭いくせに、本当に難儀なヤツ」
「んん……?」
「……あんたは、僕の人生を狂わせた。僕はこの町の人間ほど、月に興味ないけど──月という存在は、それだけ魅入られる理由がないといけないんでしょ。あんたも同じで、こうなったら、僕をいつでも明るく照らしつけて欲しい。あんたの
その言葉で、わたしは気づいた。
前を向こうとしていたけど……やっぱり、顔は曇っていたんだって。
「……あはは、そっか。わたし、やっぱり、そういう顔してたんだね。ごめんね、心配かけちゃって。でも、大丈夫だよ。さっきも言ったけど、みんながいるから、これからわたしはどんな壁も──」
「これからのことを思うのなら──過去のために、今と向き合うんじゃなくて──今のために、過去と向き合うべきだろ」
「今の……ために……」
どうやら、真人には全部お見通しらしい。わたしと同じで、ツライ過去を経験したからなのかな。それとも、やっぱり家族だから……?
「……そうだね、真人の言う通りかも。わたしは、この“命の答え”を、今見出そうとしているんじゃなくて……未来に、賭けてるだけなのかもしれないね」
それはある意味、逃避でもあるのかもしれない。茨の夢だけで、精神が衰弱してしまったのだから……わたしは、後ろを向きながら、歩いているようなものなのかもしれない。
「……あんたがこの先、どれだけ不幸に満ちた夢を引き寄せても、僕も付き合う。……どうせ、あんたに狂わされた人生ですからね。だから、あんたも……
「真人が、一緒……」
「あんたが生きてていいのか、なんて答えは、僕が見いだしていいものじゃない。でも、僕は少なくとも……当たり前の存在が、消えてしまうのは……さ、寂しい……。各々がどんな感興を抱くかはなんであれ、月とは──そういう存在だと思う」
「……っ、そう……お月さまは、そこにいて、当たり前の存在……。わたしも、真人の当たり前に……みんなの、当たり前に……なって、いいのかな……っ」
胸がずきずきと痛む。この
以前のわたしに、戻ってしまったみたい。どんな表情をすればいいか、分からない。
だけど……。
「……僕に大それたことは言えないけれど、少なくとも、あんたが自分の存在価値を否定した時は、僕が全身全霊で肯定する」
大きくて……穏やかな真人の手の感触が、わたしの手を包み込む。
「真人……っ」
感涙に震える声。幸せの雫が
あぁ、心を覆う影が、消えていく。
命の答えは、まだ、不明慮だけど。
でも、やっぱり、生きたいな。
この温もりと──家族とは別の、大切な
……そっか、わたし……真人のことが──。
「……小百合、僕は、小百合のことが──」
真人の赤らんだ顔が、光に照らされていく。わたしの心の影が払われたのに呼応するように、辺りが、明るく華やいでいく。
お月さまが──この世界に、舞い戻っていく。
それを祝福するように、大量の星々が、光の軌跡を描きながら大量に降り注ぐ。
そして……。
「──夢から覚めるの、月に魅入られた少女」
金色の髪、赤い瞳、温度の感じない──まるで、お人形のような──。
「あ……き、きみ、星降らしのE.B.E.!」
すぐに、わたしは気づいて。リュックから、月の石でできたペーパーナイフを取り出して向ける。
「……ボクはアリス。そういう名前」
だけどそのE.B.E.は、まるでヒトのように、名乗った。
そして、一歩、二歩とわたしたちの元へ近づく。わたしは真人の盾となるように、前に出る。
「ボクを、倒すの?」
「……ごめんなさい、きみは、みんなの願いを叶えてくれるらしいけど、それじゃあヒトはダメになっちゃうから。みんながガンバるということを、放棄しちゃうからっ」
「……フシギ。ボクは、キミと月に産み落とされた存在なのに。でも、そんなキミだからこそ、月に魅入られたのかな」
「え……? わたしが、きみを産み落とした……?」
「月に選ばれたキミは──厳密には、キミたちは、宇宙の真理ともなる存在。ボクは、その前触れ……キミのひと欠片のような存在──喩えるのなら、欠けた隕石のような」
「きみたちって……」
それは……茨のことだろう。
(でも、茨はもう……──っ、もしかして、わたしが夢で、引き寄せちゃったから……っ)
引き寄せた夢で、過去の茨の幻影と……強い潮汐力が生じて……この子が生まれた……?
「……世界が、生まれ変わろうとしている。月に選ばれたキミの理想の世界に」
「生まれ変わる? わたしが選ばれた……? でも、わたしは……わたしは、“偶然”なんだよ……偶然、お月さまと出会った、だけなんだよ……っ」
「出会いは偶然でも、月はいつでも世界を見下ろしてる。いつでもキミを見ていた。……キミが、人々はみなが優しくて、みなが幸せになるべきだと考えているから、願いを叶える星を生じさせた。キミが、月を避けたいというから、月はそうした。そういう世界に、成り代わろうとしている」
「それって……っ」
このささやかな願いを叶える流れ星も、わたしに起因していたということ……。全部、わたしが招いた種……。過去に囚われる──夢の茨と共鳴して、このわたしが引き寄せたもの……。
「ボクはキミの一部だから分かるよ。キミは宙に瞬く星々のように、空に輝く月のように、繊細な存在。宇宙のように壮麗な存在」
そう、“ぼく”は……“ぼくたち”はそういう存在らしい。
だけど……違う。
たしかに、ぼくは過去を清算できていない。茨との過去を捨て去ることなんて、できない。
でも……“わたし”は──今を、大切なヒト達と生きてるんだ。過去だってちゃんと、背負いながら。今、心の底から、そう言える……!
「……わたしは、みんなに誠実でありたい。たしかに、そうだよ。でもね、それはお月さまや宇宙、なんておっきな存在じゃなくて──普通のヒトとして、そうありたいの。だから、ごめんね……」
ぎゅっと、ペーパーナイフを握って。アリスに構える。
「……月は、キミを見放さないよ。だから、また……キミが、“月”と“茨”を深く想えば、ボクはまた生まれる」
「それは……。……でも、わたしはその度に、向き合うから──もう、逃げないからっ」
一瞬、空を見上げて。煌々と光り輝くお月さまにも、宣言する。
そしてその決意表明を、肯定してくれるように。
「僕も……一緒に背負わせて。どんな過去も──たとえ、
真人が、わたしのペーパーナイフを握る手をぎゅっと包み込んでくれる。
二人で、アリスと向き合う。
「……そっか。彼は、茨とは違う。だけど……月に魅入られたキミが、魅入られたニンゲンなんだね」
アリスは抵抗の意志を示さない。
心が痛みながらも、わたしはペーパーナイフを振りかぶる。
「うん……茨とは違う、わたしのとっても“大好きなヒト”と、今を生きていくよ……っ」
そして、未練の鎖を断ち切るように。
アリスにペーパーナイフを振り下ろした──。
光り輝く粒子が、アリスのカラダから抜けていく。
「キミの思い描く理想郷は……誰しもが幸せになる世界は……破滅が待っている……でも……キミたち二人で描く世界なら……明るいのかもしれない……。ボクは結局、キミの一部でしかないから……“特別な愛情”というものが……欠落していたみたい……」
力無く、アリスは言う。心なしか……儚げに、悲しげに、口角があがっているような気がする。
「アリス……っ! わたし……時間は、かかるかもしれないけど……向き合うよ、自分と、過去と、お月さまと……。今──真人との時間を、大切にするよっ」
精一杯、わたしはそう伝える。
すると……アリスはにっこりと、笑ってくれた。
そうして、蛍のような光が、アリスのカラダから上っていって……空に、吸い込まれ──その姿が消えていった。
それからすぐに──まるで、アリスに追悼を送るように、流星群──いや、流れ星が、静かに降り注いだ。
「……僕も、お願いしてみようかな」
隣で言う真人。
「……わたしも」
わたしも……わたしができる範囲での、この世界の明るい未来を願った。
そうして、流れ星が静かに止んでいき……夜月に照らされるいつもの夜がやってくる。
「……あ、ソユーズに連絡しないと。ごめんね、真人」
メモリアを取り出し、アリス──星降らしのE.B.E.を討伐したと業務連絡。……わたしが原因だったとか、色々あるけど、それは後日話すことにした。
だって今は、真人と話したいこといっぱいあるし……ね。
「ね、ねぇ、真人……さっきの言葉だけど……──あー……うぅー……」
そう言いながら、居住まいを正して──その中で、顔が発熱してくのが分かると、言葉が途切れた。しょうがないよね、アリスに宣言したやつ……告白を越えてプロポーズみたいだったし! 実際、この気持ちに嘘はないんだけどね…!
「……正直、驚いた。まさか、あんたも……同じ、気持ちだったなんて」
「えぇ!? やっぱり真人、気づいたよね──あ、あれ……!? 同じ気持ち……!?」
「だから、なんでそういうとこだけ鈍感なんですか……。……さっき、言いかけたのに。……つまり、そういうことですよ」
真人は、マフラーで、顔を隠すけど。顔が赤くなってるのが分かる。
「……真人も、わたしのこと……」
「……僕は、あんたが幸せになってくれるなら、何でもよかった。あんたを幸せにしてくれるのなら……誰でもよかった。だけど……最近、思い悩むあんたを見て……僕じゃなきゃ嫌だって、思った」
「真人……」
「……あのアリスとかいうヤツには、水を差されたって気がしたけど……あんたも僕と同じ気持ちで……よかった」
「うん……わたしも、真人のこと、好き……家族の好き以上の気持ちだよ……特別な、好き……っ」
真人の赤い顔が、お月さまに照らされる。……わたしも、顔が熱い。幸せの熱が、籠ってる。月明かりの下、静かに見つめ合う。
「な、なんだか照れるね~こういうの……いや、嬉しい悲鳴、みたいな……嬉しい照れくささ、なんだけ……ど──」
爆発してしまいそうなくらい、恥ずかしくて。思わずそう言いながら顔を逸らすと……真人の影が、わたしを飲み込むように近づいてきて。ぎゅっと、抱きしめられる。背中に、手を回される。
「……今日くらいは、どこまでも柄にないこと、言わせてください……あんたは、僕の人生だけじゃなくて、心までも狂わせた……それくらい、あんたが好き……」
「真人……うん……わたしも……大好き……っ」
わたしも、真人の背中に腕を回して……ぎゅっとする。大きい背中。この身長差が……なんか、愛おしい。家族を超越した抱擁だなって思う。
それに、しばらく身も心も委ねていると……そっと、真人がわたしを引き離す。そして──導かれるように、引き寄せられて──真人がマフラーを下ろすと、穏当な口づけが落とされた。
「んっ……ちゅっ」
静謐とした空間に、瑞々しい水音が響く。唇から伝わる真人の感触が、全身にふわっと広がる。
長いようで、短い間、唇を重ねあって……どちらからともなく、離れる。
「……もっと、していい……?」
「うん……真人と、もっとキス、したい……」
だけどすぐに、導かれ合う。真人が、軽く腰を屈める。だから、わたしもちょっぴり背伸びをして……手を、指と指を絡め合って、唇を結び合う。
今度は、触れ合うだけじゃなくて。小鳥が木の実を啄むような、さっきよりも深い口づけになる。
「真……人……っ、んふぅっ……、んちゅっ……、ちゅむっ……」
愛おしくて、無意識に名前を呼んじゃう。
そして、キスはさらに深いものになる。お互いの唇を
あまりの気持ちよさに、腰が砕けそうになると……真人が察知してくれて、支えてくれる。
そして……流れるように、芝生の上に、倒される。
覆いかぶさるような体勢。真人の顔がよく見える。その遥か遠くに、お月さまもわたしを見降ろしている。
「あんたが……欲しい」
夜月に当てられる真人の横顔は赤い。凛とはしてるけど、どこはかとなくふやけた──見たことのない顔をしている。
わたしが欲しい──真人はさっきわたしを鈍感だって言ったけど、好きな人なんだから……分かる。
「え……わたしも、真人が──だけど、こ、こんなお外で……」
「……さっき、アリスを倒したとき、しばらく二人きりになりたいと、流星群に願った。僕のささやかな願い──きっと叶いますよ」
「え、じゃ、じゃあ……だいじょうぶ……かな? ……ここ、わたしたちだけの世界……かな……?」
「……きっと、そうだよ」
そうして、わたしは心臓をバクバクドキドキさせながら、真人の行動を待つ。……けれど、真人はじっとわたしを見たままだった。
それから少しして。
「欲しい、とは言ったものの……あんたは、どうされたい?」
真人は不安な色を顔に滲ませて、そう言った。
「え、えー……真人から誘ってきたのにっ」
「いや、それはそうなんですけど……」
「でも、わたしも、初めてだから……えへへ、ムズかしいねっ」
行き当たりばったりというか、勢い任せというか。なんというか、わたしたちらしくて、ドキドキに和やかなものも混ぜられる。
だけど、真人が最初にわたしに想いを伝えてくれたんだから……今度はわたしの番、だよね。
「じゃあ、真人……脱がして……ほしい……かな?」
「……脱がす……あんたを……」
「うん、真人に脱がせてほしいな……」
わたしは身体を起こして……真人のほっぺたに、一瞬、触れるだけの、口付けをする。そしてゆっくりと、リュックを下ろす。
「二人一緒だから、コワくない……さっき、真人も、同じようなこと言ってくれたよね?」
「……っ、本当に、あんたって……ずるいですね。あんたに狂わされない人の方が、どうかしてる……」
真人は緩やかに、口角をあげる。ちょっとは、安心させてあげられたみたい。
そして、優しく……わたしに手を伸ばす。
まるで、お母さんが子供を着替えさせてくれるように……脱衣させられる。素肌が、さらけ出されていく。ちょっぴり、恥ずかしい。でも、真人にだから……見せたいなって思える。スカートも脱がされて、下着も脱がされて……生まれたままの姿に、させられる。
「どう、かな……? って、聞くのもおかしいかな……へへ……」
「……綺麗だよ、小百合」
「ほんと? う、うれしいな……。真人の……好きに、していいよ……? と、というか……されたい、というか……」
「……そんなこと言われたら、歯止め利かなくなる」
「……真人、やさしいね。あと、かわいい……。……いいんだよ、わたしが……真人に好き放題、されたいんだから……っ」
わたしは真人の両の頬に、両手を添えて。顔を、引き寄せる。唇を押し付ける。
「ちゅぷっ……んちゅっ……、でも、初めてだから、ふたりで……求め合うのもいいかもね……っ──」
欲しいがままに、真人にキスをする。貪っちゃうような、えっちなキス……。舌を唇に割っていれて……舌を絡ませる、熱烈なキス。不器用かもしれないけど……わたしも、それだけ真人を求めている。そう、伝えたい。
「小百……合っ、んッ……」
少し、困惑している感じだけど……真人も、舌を動かしてくれる。濃厚に、絡み合う。唾液の循環、呼吸すら忘れたキスに、耽溺する……。
唇を離すと──濃密なキスだったことを象徴する煌めく銀色の架け橋が、お月さまに見られながら、垂れ落ちた。
「もう……止まれないから」
ぼふっと、芝生に押し倒される。また、キスできちゃうくらい顔が近い。真人の表情は……不安の中に、わたしにえっちな気分になってくれてる──色情の浮かんだ顔をしてくれている。
「きて、真人っ」
胸の高鳴り、顔の沸騰を感じながら、わたしは言うと──勢いよく、真人の手が胸に伸びてきた。
「んふっ……えへへ……、真人に胸、触られてる……っ」
「……触ってますね。とても、その……官能的な、気分です。あんたの胸、とっても綺麗で……」
「んっ……なんか、言い方固いよぉ真人……。いいんだよ、真人の好きにして……さっき、わたしからえっちなキス、しちゃったし……。はげしくても、大丈夫……だって、“わたしたち”なんだから……ね?」
「小百合……っ」
留め金が、外れたように。真人の手に、力が籠められる。指の一本一本が、むぎゅっと胸に食い込んで。わしわしとされる。
「あぁっ……んんぅっ……、真人……それ、きもちいいっ……」
「……あんた、エッチな顔してる……でも、よかった……ッ」
照れ臭そうに、口端をあげて。胸をまさぐられる。手探りしているのか……様々な方向から胸をいじられる。
かわいい……。あぁ、なんで、こんなにかわいいんだろう、真人……。
「あっ……、あぁっ……、おっぱい……っ、真人の指、感じ……るっ♡ 電気が、ビリってするみたい……♡」
「もっと……するよ……ッ」
ちゃんと、わたしが気持ちいいって伝わったんだと思う。真人の愛撫は、揉みしだくようなものに変遷する。胸の先端に、指が当たって……快感が、みるみると込み上げてくる。
「んあぁっ、んふぁっ……、先っぽ……それ、すごい……っ」
「ここ……本当だ、あんたの……固く、芽吹いてる……」
コリコリと、先っぽを転がされる。
「ふあぁああぁぁっ♡」
快楽に身体が跳躍して、大きなよがりの声が、弾けちゃう。
「あんたのあられもない姿……うまく形容、できないけど……胸がドキドキする──」
真人にしては、息を荒げて……もう片方の胸に、顔を寄せる。そして、ぷっくりと蕾んだ先端に──口づけを落とす。
「んあぁあぁっ……! ゃ……真人に、おっぱいに……キス、されちゃった……っ」
「く、口に出されると恥ずかしいです、それ……。……でも、そういう羞恥心とか……凌駕するべき、なんですよね」
その言葉を証明するように……おっぱいの先端に、さっきの流れ星のように、穏やかな口づけが降り注ぐ。
「んぅっ……、んぁっ……、まこと……まことぉ……♡」
「……ッ、あんたの、甘い声……劇薬だ……ッ──んッ」
そして、かりっと──膨らんだ先端に、歯を立てられる。
「あぁあああぁあぁっ♡ やっ……それっ、すごい……っ♡」
快楽の中に、チクっとした痛みも孕んでいて……それが、身体を悦ばせる。下腹部の辺りが、じんじんする。あぁ、これが……女の子として、愛するヒトと繋がりたいことなんだって実感する。
「んむッ……、手でも、ちゃんとしてあげるから……」
さっきよりも、激しく胸を揉まれる。だけど、真人のだからかな……まるで、芸術品を愛でるような、優しい愛撫な感じがする……。そして、舌と歯の刺激は劇的なもので……身体が真人でいっぱいになる。
「んふぁっ…、んうぁぁっ……、へへ……真人に、襲われちゃってる……っ」
「……襲いたくなるあんたにも問題がある」
「じゃあ、もっと襲われたくなっちゃうって思える真人にも、問題があるっ」
「それって、つまり──……いや、今日はとことん、あんたに狂わされたい……」
真人が身体を離したかと思うと……自身のズボンに手をかける。
本能的に、察知して……わたしの頭の中がぐるぐると回る。嬉しい? 緊張? 不安? 恐怖? 多幸感? なんというか、幸せすぎて怖い……みたいな気持ちに似ていた。
そんな中──真人も下肢が、防備に覆われていない状態になる──剛直としたモノが、さらけ出される。
逞しくて、ビクビクしてて……これが、真人のおちんちん──。
「そ、そんなジロジロ見ないでください……」
「え……あ、ごめんごめんっ! だって、初めて見たから……っ」
「……初めてじゃなきゃ、困りますよ」
「え、えっとぉ……わたしで、コーフンしてくれたって……こと、だよね……?」
「……キスのときから」
「……! うれしい……ありがとう、真人……っ」
「いや、そんなお礼を言われることじゃ……」
「でも、わたしを深く感じてくれたって、ことだから……。……わたしも、大事なトコ……じんじん、してるの……真人と、一つになりたいって……思ってるのっ」
淀みも嘘もないその言葉を、真人の
「……今更、愚問なことです。でも……言葉にするのが大切なんだよな。……あんたと……結ばれたい」
「うん……わたしときみの初めて──全身に思い出と感触を刻みこむくらい、していいから……っ」
そんな、美辞麗句をわたしは紡ぐも……本当は、頭は“まことまこと”でいっぱい。真人に、下肢を広げさせられると……しっとりと濡れた秘所が、顔を出す。
「……あんたも、感じてくれてたんだ」
「真人のこと大好きって印だよっ」
「……じゃあ僕も、もっと証明しないと……。……いくよ」
「うん……きてっ」
真人が腰を落として。前に押し出す。真人の先端と、わたしの割れ目が、ちゅっと口づけをする。
「んっ……触れただけで、アツ……い……っ」
「……ッ、このまま、いくよ……ッ」
ずぶずぶと、真人のがわたしの秘口に吸い込まれていく。
「んぅううぅううぅっ……っ!」
処女を散らされて──痺れをもたらす刺激が、じわりと波紋する。これが、
でも、愛する人と結実を果たしたのだから……きっと、大丈夫……っ。
「……ッ、あんたのナカ……すごい、熱い……ッ、抱きしめも、強い……ッ」
「はぁ……んはぁっ……、真人のも……すっごい、おっきくて、硬い……よっ」
「もっと……いい……? 奥……まで……」
「う、うん……でも、ちょっとコワい……手、握って……っ、それなら、だいじょぶな気がするから……」
「それくらい、全然……」
真人が手を取って、指を結んでくれる。それだけで恐怖が、和らぐ。……この先のわたしの人生も、きっとこうやって手を繋げば……。
膣の果肉を掻き分けるようにして、真人のモノが、奥へと突き進んでくる。
「んひゃぁぁっ……、わかる……よ、真人が……お腹の方まで、きてるの……っ」
「……ッ、あんた、そんな面映ゆいこと……よく言えますね……。僕も……あんたを深く、感じるけど……ッ」
「初めて──痛いも、恥ずかしいも、全部……愛おしいんだもん……♡」
「……それは僕も……だよ……ッ」
「ふゃああぁっ……!」
鈴口が、赤ちゃんのお部屋を叩く感覚。真人のを……全部、飲み込んだんだ。奥の奥まで、一つになったんだ。
「一つ……なったね……。へへ……さっき散々、満たされたのに……なんか、恋人になったんだって……今、すっごい感じてる……っ」
「だ、だから、なんであんたはそんな歯がゆいセリフを躊躇いもなく──でも、恋人の強い実感……確かに、そう、かも……」
「きもちよすぎて……しあわせすぎて……、自分が自分じゃなくなっちゃう気がするけど……ねえ……真人、このまま、うごいて……?」
「……言われなくても、僕はあんたに、堕落していますから……ッ」
この日の夜のように、激しく、されど静かに。真人が結実を抽送に昇華させていく。肌と肌が打ち付けあう音──淫らな水音が、夜を裂く。
「んんっ……んあぁあぁっ……、さっきと、全然……違う……っ、きもちいい、きもちいよ、まこと……♡」
膣肉がかき回され、この上ない快楽が産み落とされる。
「……ッ、あんたに、やられすぎて……全然、優しくできないかも……ッ」
真人も感じてくれてるみたい。腰の動きが、どんどん速くなる。ぐちゃぐちゃに、かき回される。でも、その分、わたしの
「あぁっ……、んあぁっ……、はげ……しい、まこと、はげしい……♡ んぅぅっ、んひゃぁっ……、コワいくらい、きもちいいよぉ……♡」
「僕も……身体、どうにかなっちゃいそうだ……ッ」
「んぅうぅっ……、まこと……もなら、安心……♡」
いつしか破瓜の痛みは、露に消え。悦楽に、上塗りされている。
本当に、世界に二人きりになったみたい。真人しか、見えない。真人の感触しか、存在しない。
今だけは──お月さまでさえ、わたしたちの営みを美しいものに際立たせる舞台装置になってしまったみたい。
「まこ……と、好き……だよ、大好き……♡ いつから、なんて……考えるのもヤボなんじゃないかってくらい、今……大好き♡」
「……ほん……と、いつもいきなりですね、あんたは……」
「んっ……んあぁっ……、だって……今、いっぱい自覚したから……今回のこと……落ち込んで、みんなに心配かけちゃったけど……真人のこと、大好きって……自覚できたから……うれしいの……♡」
「ン……、それ……は、そうかも……今までの僕は……あんたの幸せ叶えるの……僕じゃなくてもいいって、思ってたから……ッ」
身体でも、心でも、わたし達は愛を交わす。
それが伝播するように、膣内でも熱烈な抱擁を交わして、互いの粘液が混ざり合う。結合部から、それがぴちゃぴちゃと弾ける。
「んっ、んふぁっ…………真人じゃなきゃ……イヤ、だからね……ううん、真人に一番……わたし、しあわせにされたいから……っ」
「……そん……なの、言われなくても……ッ」
「ふふっ……うれ……しい……っ」
あぁ、本当に、心も一つになってしまったみたい。初めて、好きなヒトと結ばれて──月並みだけど、この上ないくらい、しあわせ。いや、月並みだから……いいのかもしれない。
「んふぅっっ……、あぁあぁっ……♡ はぁ、はぁっ……、わた……し、もう、なかぐちゃぐちゃ……っ。まこと……は、きもち……いい?」
「ンくっ……、うん……頭、真っ白に、なっちゃうくらい……っ」
「真っ白は、やだな……わたしで、いっぱいがいい……っ」
「あんたで──小百合で満たされた上で……だよッ」
「よか……ったっ……、んぅぅうぅ──わたし……も、まことで……いっぱい、すぎて……っ」
奥から、熱いのが、込み上げてくる。
本能的に、分かる……蓄積された快楽が、弾けようとしているって。
「……ッ、あんたの……すごい、震えてる……ッ」
「う……ん……、はぁはぁっ……あの……ね……、もう、わたし……きちゃい、そう……なのっ」
「僕……も、もう……限界、かも……ッ」
「そっ……か……、真人も……っ」
臨界も、何もかも共有しているようで……本当に、しあわせだ……。
だけど、そんな中……。
「じゃ、じゃあ……外……に──」
真人がゆっくりと、腰を引こうとする。
「だ、ダメ……っ、ナカ……で、いいから……っ」
「だ、だけど……」
「だいじょう……ぶ、摂取してる……ホルモン剤……、避妊効果……ある、から……っ。初めて……ナカがいいの……♡」
「……分かった、小百合……ッ」
そして、抽送が、有頂天になる。
愛の極地に向かって──どこまでも、わたしたちは混ざり合う。
「あっ、あぁっ……、んあっ……、んふぁっ……きちゃ……う、真人、“ぼく”……きちゃう……よぉ……♡」
「……ンッ、僕……も、一緒、だから……。というか、僕が小百合とどこまでも繋がって、果てたい……ッ──」
「んっ!?」
さらに、身体が密着したかと思うと、唇を奪われる。熱烈なキスが、ほどこされる。わたしたちの膣内のように……濃密で、野蛮なキス。これでもかってくらい舌と舌が絡み合って、粘液が絡みあっているように、唾液が絡み合って──時折、歯列を撫でられて……どこまでもディープで、熱情なキス。
「んちゅっ……まこと……まことぉ……♡」
「んっ……さゆり……さゆ……り……」
キスの
そう──ただ、名前を呼び合うだけ。
そっか、それだけで、満たされるんだ。
セックスって、不思議な魔力……もしかしたら、潮汐力よりも、魔的かもしれない……なんて思っちゃう。
「んちゅっ──んあぁっ、きもちよすぎて……ぼく……身体、動いちゃう……くち、離れちゃう……っ」
「……大丈夫……僕が……小百合に、ついていくから……ッ」
離れても──追従して、唇が塞がれる。
どこまでも、真人は……ぼくと、一緒にいてくれるんだ……。
「ちゅっ……、んっ……イ……く、まこ……と、ぼく……イっちゃうっ……」
「ン……ハァ、ハァ……ッ、僕も……もう……ッ。小百合……と、一緒に……ッ」
「う……んっ」
指も、身体も、唇も、恋人だから繋がれる場所も──全てが、固く結ばれて。決して──きっと、この先も、絆されることなんてないと、感じながら。
「……さゆ……り……ッッ!」
「──んんんんんんんんんんんんんんんんっ♡」
同時に、果てた。
真人の生命の一部が、どくどくと、子宮に注ぎ込まれてくる。あまりに愛おしすぎて、搾り取っちゃうんじゃないかってくらい、わたしのナカがきゅーっと引き締まる。
これが、愛する人の命の源──そう思えるくらいに、生命力が宿っているように熱くて……濃厚だった。
「ハァハァ……ちょっと、やりすぎた……」
ここまで、いっぱいわたしのために体力を使ってくれた真人が、わたしの身体にゆっくりと倒れてくる。わたしの胸のとこに、すっぽりと顔がおさまった。
「……くすっ、なんか真人、赤ちゃんみたいっ」
「からかわないで……無茶をしたのは認めるけど……」
「……あらためて、ごめんね。わたし……真人の人生をめちゃくちゃにしたのに、真人にいっぱい心配かけたよね?」
「……結果、いいんじゃないですか。こうして……家族以上の関係に──いや、忘れてください」
「忘れないよ。真人も、お月さまが遠くに行っちゃってナイーブになっちゃったんだと思うって言ったわたしを“忘れない”、“わたしに過去と向き合ってもらう”って言ったもん」
「……そういうとこ、記憶力いいですよね、あんた」
「えへへ……一生忘れない。きみを好きって自覚したきっかけになったことはねっ。それと──恋人になって、初めて……身体を重ね合わせたこともねっ」
「……これから先も、もっと、あんたに狂わされそうだ」
「うーん……わたしは、普通の女の子になりたいんだけど……でも、真人が相手ならいいかもっ。わたしで狂って、いっぱい大好きになってほしいっ」
「僕も僕のまま、小百合を愛したいんだけど──……はぁ、こんな歯が浮くようなセリフを言っている時点で、僕は重症ですね」
真人が、マフラーをあげながらそう言う。だけど、笑っているのが、ちょっぴり見えた。
そして、わたし達は。
同時に、お月さまを見上げる。皆既月食を越え、再び、
「……ちゃんと、向き合う。だから、お月さまも……わたしを──ううん、わたしと真人を見てて。“茨”とは違う、わたしの最も大好きなヒトと、生きていくわたしを!」
天高く、わたしは言い放つ。
その言葉は、届いたのか。
届いたら、いいな──って。
それは、些末なことかもね。
だって、これから……証明していけばいいから。
過去のため、じゃない。
今のために──わたしは。
今を、愛する人と、生きているのだから──。
◆◇◆
まるで七夕に子供が短冊に書き記しような──ささやかな願いを叶える流星群は降り注がなくなった。
それには、町のヒトは気落ちしていたけど。
でも、お月さまが帰ってきたから。
町は……いつも通りを、取り戻した。
きっと、これからも……多くの摩訶不思議な事象をお月さまは演出するけれど。だけど、それは未来のわたしが、なんとかしてみせるはず。
そんな中。
わたしは──例の夢を見た。
誰よりも大切な、双子の兄。
今日もまた、わたしを置いて……お月さまに吸い込まれようとしている。
「──茨!!」
声が出た。
これまでも本当は、出ていたのかもしれない。だけど、何を言うべきか分からなかったから、音にならなかっただけなのかも。
「茨……“ぼく”ね、言いたいこと、沢山ある……。でも──今の“わたし”が、言うべきことは、一つだと思うんだ」
所詮は、夢。記憶を継ぎ接ぎしただけの映像。わたしの都合のいい明晰夢かもしれない。
でも……わたしの中の茨に、伝えたい。今を生きる、今の、わたしの気持ち。
「わたし──正直ね、わたしが生きてていいのか……って答えは、やっぱり今はまだ分からないんだ。でも……生きたいって、思ってる。それね、すっごい、自分勝手な理由……好きなヒトが、この世界に生きてるから……。茨とは別のベクトルの、大好きなヒトが……できたから。だから、今……わたしは、生きたい。そのヒトと、一緒に居たいの──ううん、わたしの存在理由……一緒に、探したいのっ」
茨の背中に、語りかける。
すると……夢の茨が、振り向いて。
儚げな、笑顔を浮かべてくれた。
それは、茨の幻影。わたしの脳内の茨でしかない。
だけど……茨も、わたしの大切な家族だから……。
それが真実だと、信じたい。
今は……それでいい。
「……っ、また、わたしが迷ったら……夢の中で、会いにきてっ」
わたしは、涙をこらえながら、そう言った。
月よりも遠い、夢の果て──。
虚構と現実の、境目──。
過去と未来の、狭間──。
「茨……っ、今を、わたしは……生きているっっ! だけど、茨はわたしの心から、一生、消えないからっっ!」
それが、今のわたしに言えること。
でも、茨は、まるでお月さまのように、何も言わない。
だけど……それでいい。夢は、夢だから。
「……バイバイ、茨……」
弱い自分に、別れを告げる。
『──あんた、休みだからっていつまで寝てるの』
『で、デート、するんでしょ……よく、分かんないけど』
愛する人が待っている現実に、起きよう。
今と、向き合おう。
「──おやすみ、情けないぼく。おはよう、生きたいと
そう、自分に言い聞かせるように言うと。
月に飲み込まれる刹那、夢の茨がこちらに振り返り──目いっぱいの笑顔を向けてくれた。
そして、わたしは。
愛する人が待つ現実に、目覚めるのだった──。