──
俺が常に傍に控える相手は、このこぢんまりとした車椅子に座り今日も書類を読み耽る少女。
「……衛士さん、少し良い?」
「はい」
「そこのペンを、取って欲しい。……こんな簡単なことを──申し訳ない」
「……いいえ。それが仕事ですから」
「アポロ財団」の刻印が刻まれた黒の万年筆とインキ瓶を、彼女に手渡す。足が不自由な彼女にとっては、この執務室にある離れたテーブルとテーブルを行き来するだけで一苦労だ。
もちろん、衛士(やけに難しく言っているが、言うなれば側近、右腕だ)の仕事はこれだけでない。“
つまるところ、俺……
彼女は俺からペンを受け取ると少し申し訳なさそうに眉尻を下げたあと、「ありがとう」と小さな声で言った。全てのやりとりの電子化も可能なこのご時世で、貴重な書類のほとんどが未だに紙なのは、彼女曰く「記録より記憶だから」だと言う。代表が慣れた手つきで万年筆をインキに浸す。彼女の所作は小さいが、いつだって優雅で緩やかだった。今日も何も変わらない、……そう、何も。
俺は先日の出来事を一人反芻する。思い出すだけで少し頭が熱くなるけれど、それは俺の未熟さが呼んでいる熱のように思う。
──あれは世間一般で言う、愛の告白だ。
◇
「この頃の姫様は、大変、物憂げです!!」
とは
「衛士殿!! ワタクシの記憶上、今までこのような事はありませんでしたよ。
「イヤ……聞いてないです」
「またまたぁ! アナタとワタクシが敬愛する、姫様のことですよ。ご興味が無いわけ!! 良いですか……」
安心院女史は声を窄め、耳打ちをする。
「……ワタクシが思うに、あれはひとつの……青春。“恋煩い”だと、思いマス」
「……はあ? 恋?」
「イエス!! ワタクシ、あんなにも……乙女の眼差しをした姫様が見られるとは思いませんでした! 蕩けた紅の瞳が、大変お美しゅう……さて、一体ドナタに煩っておられるのでしょう?! ワタクシ、皆目見当もつきませぬ!」
俺の耳元でひとしきり喚いた後、意味なく俺の身体をペタペタ触り、最終的には両頬に手を当て踊るようにはしゃぐ女史に頭痛を感じる。
──別に、良いじゃないか。代表だって年頃の少女だ、好きなヤツの一人や二人。
そう思いながらも、俺の感情は確実にざわついていた。それがなぜなのか、説明は……きっとできるけれど、してはいけない気がした。自覚してはいけないと、抑えているものだからだ。
朝っぱらからぐねぐね揺れている安心院女史から離れ、溜息をついて執務室のある棟のエレベーターへ向かう。時刻は業務開始の二時間以上前──代表より早く着き、彼女の仕事が滞りなく行える準備をすることも俺の日課だ。準備が終わったら、ある程度身だしなみを整えている頃合いの代表を車椅子と共に迎え、ともに執務室に向かう、これが大まかな一連の流れ。
だけど、今日に限って──
「……代表?」
どこか寂しげな顔をした代表が、車椅子の車輪を白い手で回しながら、エレベーターに向かっている。俺はすれ違う他の職員への会釈もそこそこに、すぐに代表の元へ駆けた。
「代表! お早い……どうして」
「衛士さん。……おはよう」
「おはようございます。何故お一人でここまで」
「……黙秘」
彼女はしょっちゅう、黙秘権を行使する。そのせいでこっちは彼女の心中を察するのに必死だ。それを楽しんでいることも多い代表だが、今日の彼女は、明らかにそんな様子ではなく……弱々しかった。
「髪も……こんなにぼさぼさで」
「それは、良い。間に合わなかったの。今日、外出の予定は無い、から……優先度を下げた。他はいつも通り、問題ない」
「そうですが……でも、執務室に着いたら、整えましょう」
何気なく指を差し込んでも何にも阻まれず通る彼女の黒髪が、起き抜けで流石にこんがらがっている。びょんと跳ね放題の髪をした代表を、他の職員が見ることなどほとんどないだろう。俺は思わずその場で手櫛をするようにそっと触れ──かけたが、抑えた。色んなことを思い、逡巡してしまった。
代表が、じっと俺を見ている。思わずその紅色に、吸い込まれる。月に住むうさぎが本当にいるのなら、きっとこれくらい煌々とした紅い瞳のはずだ……思考の端をチラリと掠める妙に詩的な表現が終わるより先に、代表がエレベーターのボタンを押した。気まずい沈黙が続くが、エレベーター内に入る時の俺の補助を彼女は拒まなかった。他に乗り込む職員はおらず、階数ボタンを押す俺に代表が言った。
「がっかりした?」
──何がだ。扉が閉まり、ひとときの間だけ二人きりになる。執務室は上層階にあり、この財団支部のエレベーターの昇降は妙に遅い。つい「何が……」とそのまま声に出してしまう。代表は言う。
「髪が、荒れていて」
「何の話ですか。あとで直しますよ」
「衛士さん、わたしの髪をよく褒めてくれる。わたし、今日は早めに目を通したい書類があった。だから、髪の手入れを後回しにした。その結果、見映えの悪い姿を貴方に見せた」
「……それならなおのこと、あとで直せば良いだけです。そのタスクが、終わった後にでも」
「……貴方からしたら、わたしはきっと、手のかかる子どもに見えている」
「……半分は、肯定しますが……」
言いながら、彼女からこんなにも弱々しく質問を重ねられた事はなかったな、と思う。質疑応答が好きな代表であるが、こんなわかりきったことを意味なく何度もやりとりする人ではない。
ややあって、俺が思い切って代表の方に振り向くと、彼女は……見た事がないくらい、瞳を潤ませていた。
「なッ……」
思わず、素っ頓狂な声が出る──より先に、代表は「衛士さんは、大人の女性が好き?」なんてまたおかしな質問をする。あああ、彼女の脳はどんどん先のあらぬことを処理している。涙こそ溢さなくても、代表が「しょんぼり」しているのは目に見えて明らかだ。彼女どころか、身内以外で異性のこんな姿を碌に見た記憶がないので、何が起こっているのか分からない。思わず「代表、」と唸る。何かを誤解しているのは、痛いほど分かる。華奢な肩を落とす代表の表情は、波打つ黒髪に隠れ窺い知れない。そのまま彼女は「カレン……」と続けた。
「カレンのこと、好き?」
はああああ? そう声に出さなかっただけ、俺は優秀な衛士だろう。彼女のヘンテコな誤解の端が見え、猛烈な脱力感と多少の呆れが思考を支配する。つい先ほど“安心院女史を好ましく思う事はない”と、心中で断言したばかりだ。なんなら意味なく体を触られて、不愉快ですらあったのに。よりによって代表に、こんな誤解を持たれるのは心外すぎる。(おそらく、安心院女史にとっても。)
俺は今度こそ、迷う事なく膝をつき代表の顔を見た。ひどく不安げなのはわかるが、それでも憂いすら美しさに変えるようなあどけない顔立ちをしている。そんな様をこんなに近くで見るたびに、「この人は、決して特別な存在ではない」と噛み締めるように思う。
「それはありません、断じて」
「……ほんとう?」
「月に誓って、宣言します」
「…………でも。体に触れての、耳打ち。あの距離は、異性のそれでは……」
「あああ……」
顔を手で隠したくなる。さっきのやりとりを見てたのか。あんなの日常茶飯事どころか、安心院女史の標準的なコミュニケーションなのに。だが言われてみれば、安心院女史が俺に物理的な接触を行うのは、決まって俺が一人の時だ──俺からしたら意味なくこちらを惑わせたい(しかも、代表のことでだ)だけの、腹立たしい行為だったのだが。
俺の対応を見て「このふたりは想いが通じ合ってるんだ」なんて思ったのなら、心から尊敬する代表には本当に申し訳ないが、その景色はハリボテよりも説得力が無い。
電子音が、エレベーターが目的の階に到達したことを知らせる。扉が開けば一時的な密室が終わる、……冷静に考えればこのあと、基本二人で入る執務室でこのやりとりを続ければ良かったのに。この瞬間に代表を苛む不安を全て取り払おうと躍起になった俺は、捲し立てるように言った。
「違うッ、全て女史のからかい、一方的なものです……俺が、慕うのは貴方だけです!!」
……短絡的すぎだ。言葉としても、行動としても。セリフだけなら、浮気を疑われた者の言い訳のようだ。それどころでは無い、後半は完全に、言う必要のない言葉──
……だから言葉にするのは、得意じゃない! どうか文章みたいに、考えさせてくれ……!
……幸か不幸か、扉の開いたエレベーターのすぐ近くに他の職員はいなかった──けれど、衛士が代表に何かを叫ぶ構図は伝わったのだろう、フロアの向こうの職員たちがチラチラこちらを伺っている。この時の俺はとにかく「俺は今何を言った?」と言う焦りと後悔だけが全身を巡っていたが、不思議なことに代表は驚くほど落ち着いたいつも通りの声で「執務室」と言った。
動揺しつつ、それでも車椅子の持ち手に手をかけられたのは、この流れが日常の所作として染み付いていたからだ。俺が心ここに在らずで彼女の車椅子を押す中、代表はついさっきまで気にもしていなかった乱れた黒髪を触り始めていた。申告通り寝起きのままであったとして、それでもこんなにも指通りが良い髪に、今は意識がいく余裕もない。しかし、それから先は全てがつつがなく進行した。
代表はいつもの通り淡々と執務をやり遂げ、緊急で入った会合も問題なく進行した。その間、先程のやりとりを代表が持ち出す事はなかったし、それは俺も同じだ。というか、蒸し返せる筈がない──何のムードもへったくれもない、流れ作業のような告白を。
もはや代表がそのように捉えているのかも怪しい。俺の「二度目」の淡々とした日常の中で、いつだって何かを与えてくるのは代表によるものだ。だからこそ、こんな……
終業時刻を過ぎ、二人で執務室を出る。俺が直した、すっかりいつもの通りの緩やかな曲線を描くつややかな黒髪。それをまた少し指で梳きながら、代表は「お疲れ様」と言う。
「……お疲れ様です」
「……今日は、早朝から迷惑をかけた。すべて、わたしの未熟さの結果。もし出来るなら……忘れて欲しい」
「……、……イヤ……」
彼女から触れられて、言葉に詰まる。なんというか、呻きはしたが別に、嫌な気持ちはなかったからだ。しかし、浅慮に言葉にすれば紛れもなくまた墓穴を掘る。生前からよく無口だとか言われてきたが、ただただ言葉をまとめるのがあまり得意でないだけだ。奥歯にものが詰まったような俺の返事を聞いてか知らず、代表は俯き、小さな肩を震わせた。──それは、溢れる笑い声によるものだった。
「ふふ。おかしいかもしれないけれど、嬉しかった。たとえ、冗談でも。わたしのこの上なく未熟な早とちりを、時々してしまう言い訳できない愚かな失敗を、貴方は落胆することなく、いつでも真摯に、受け止めてくれる。……そういうところ、」
「え、」
──代表の声は、とても小さい。耳をじっと澄まさないと、大事なことでも、聞き落としてしまうことがある。その時の俺は油断していて、彼女の口にした言葉を明確に掴めなくて。俺が発した曖昧な「え」には答えず、代表は自室へ向かうため車椅子を動かした。
「……またね、衛士さん。明日も、よろしく」
カラカラと車輪が回る音がどこか無情にも、奥ゆかしくも聞こえた。
『あれはひとつの……青春。“恋煩い”だと、思いマス』
よりによってここで、この誤解の渦中にいる人物の発言の意図を理解することになるとは。普段の自分なら鼻で笑ってしまいそうなほど、都合の良い妄想が思考を支配するのにそう時間はかからなかった。そう、皆は深くを知らない。財団きっての才媛、“輝夜宮かぐや”は──
なんて事はない、普通の少女だ。
◇
「──本日も滞りなく、業務は終わった」
独り言のようだが、これは俺に告げている言葉だ。今の今までひっきりなしに動かしていた手を止め、品の良い仕草で万年筆をケースに収める代表。
今でこそ執務室にいるが、本日は移動の多い日だった。エリア18の研究成果の確認、セクション51での実験のスケジュール確認、昼食もそこそこに(俺はともかく、代表は生命体でありながらあまりに食が細く、時折心配になる。)「AETHER」第三研究室との打ち合わせ、そして事務作業。俺に出来る補助に限りはあるが、それでも代表と同じ情報を得られる環境にいるので俺も自分なりに進捗をまとめている。彼女の言うように、全て滞りはない。
ゆったりしたような所作ではあるが、代表には無駄が少ない。故に、緩やかな進行具合であっても常に基準値の上を行くような仕事が行われている。それはひとえに彼女の能力の高さによるもので、「天才」の名に恥じない所業だ。俺は彼女の言葉に労いの言葉を返し、立ち上がる。
──あの失言から一週間は経ったが、何も変化はない。こちらとしては数日の猶予の中で告白の意を尋ねられた際の言い訳を五パターンほど用意していたが、一つも使う事はなかった。また、こういう時に限って安心院女史は出張に出ているらしい。そのためうざったらしい第三者のヤジもなく、横たわる時間はいつものように至って穏やかなものだ。正直気が緩み切っていたので、俺は今日の朝から思っていたことを世間話として口にした。
「代表」
「? 何かあった?」
「大したことではないんですが。……髪、切られましたか」
「え」
「少し、さっぱりしたなと思って。綺麗に、揃えられてますね」
代表の髪はとても綺麗で、そういったことに疎い自分でも、扱うのには緊張する。故に、変わらず美しく整えてもらえてよかったと、そのようなニュアンスだった。これくらいのやりとりはいつものことで、彼女との掛け合いの場数をある程度踏んでいた俺は何の緊張も躊躇いも無く、口にしたのだが。
それが、よくなかった。
「えっ、と」
代表は飛び飛びの声を出したかと思うと、その動きを停止した。前に似たようなやり取りをした時は、「衛士さん、よく見ている」なんて頷き、穏やかに言っていたのに。
予想外すぎて代表を見ると、彼女の耳が赤く染まっているのが見えた──その肩も、目に見えてわかるほどに熱い朱を帯びている。冷静に観察する自分と、訳がわからず困惑する自分が交錯し、行き場を無くして立っていた。少しの沈黙のあと、代表はまた、蚊の鳴くような声で言った。
「……どうして……」
「は、はい」
「どうして、わかるの」
「ええと……」
「衛士さん、……ぷれいぼーい」
「はっ……」
「誰にでも、そう言う?」
「はああ?」
まさかこの人がこんな俗っぽい事を、などと一瞬思ったが、どうせ、どうせあのグネグネ女の仕業だ。安心院女史と代表の付き合いは、彼女の敬愛する前代表である老夫婦がご存命の時から始まっているというのだから──個人的な連絡手段だって、あるのだろう。
「何か、言われたんですか。安心院女史に」
「……」
そう尋ねると、代表は伏せていた顔を上げた。肯定と見ていいだろう。やはり安心院女史が、クソみたいな知恵を入れ込んだに違いない。俺に、「代表が誰かに恋をしている」なんてふざけたことを伝えてきたように。
誤解は解かなければならない。それなりに一緒にいるのに、安心院女史の言葉一つで俺が誰彼構わず声をかけるような存在に見えると言うのも、非常に納得がいかないし。多分、顔に出ていたのだろう。俺の表情を見た代表が、叱られる事を察した子どものような顔をする。
「言うわけないでしょう、そんなこと。親しくもない人の髪型に気安く触れられるほど、俺は器用じゃないです」
「…………そ、う。うん、確かに、同意する」
「いつも一緒にいる貴方のことだから、違いが分かったんです。貴方を動揺させる意図も、惑わせる意図もある筈がない。良い印象だから、そう言ったんです。それだけです」
「……、……ありがとう」
「どういたしまして」
お礼こそぼそぼそ言いながら、代表は小さく縮こまっている。どうやら、彼女の不安定な心境は少しの間なりを潜めていただけのようで……全く困ったものだと感じる。業務が落ち着いた今、すぐに執務室を後にする必要はない。しっかりと対話を試みてもいいだろう、と俺は書類を片付けていた手を止め、代表に近づこうと身体を動かす。高級な絨毯の上では、ブーツの足音さえ吸い込まれるけれど、落ち込んだ様子で俺を見ていないはずの代表は気づいたようにはっ、と顔をあげ、「来ないで」と確かに言った。
「!」
「来ないで……今、わたし、ひどい顔をしてる。み、見られたくない……」
「……それは、命令ですか?」
「め、……いや、これはお願い。出来たら、来ないで欲しい」
「それなら、聞けません。嫌です」
伺うような俺の動きにも、踏ん切りがついた。二、三歩、歩みはどんどんと早くなり、あっという間に代表の前に立つ。また俯く代表の前に跪き、「失礼します」と最低限の合図を送る。せっかく誰かに整えてもらった長い髪が、また顔を隠してしまっている。そっと払ってみると、やっぱりまた泣きそうな顔をしている。
まるで今日一日、多岐にわたる業務をこなした存在とは思えないほど、頼りない少女のそれに、無いはずの心臓が暴れそうだ。できたらそんな顔は、しないで欲しい。
「代表。もう一回言います。俺は貴方を慕っています。そんな人が、辛そうなら心配だし、いつもと違う髪型なら触れたくなります。俺は“生前から”、見た目よりずっと単純ですよ。きっと貴方と同じです」
「……衛士さん……」
「あの時すくえなかった言葉に、今は触れたいです。俺も貴方の、繊細で奔放で健気なところが、困ってしまうくらい……」
『……そういうところ、好き。』
以前俺に対して、柔くそう言った代表の声に確かな輪郭を持たせたくて、俺も「好きです」なんて恥ずかしい言葉を言う。
貴方が本当に俺に恋煩いをしているなら、それは呆れるくらい「同じ」なのだと、言葉にしなくてはならないと思った。「成功だけでは味気ない」のだと、「失敗は重ねてこそ」なのだと、生意気な俺に教えてくれたのは紛れもなく貴方だ。それならば多少の恥ずかしさは、背負っていける。
代表は茹蛸みたいに顔を赤くした。漫画的な擬音を添えられそうなほど、驚いている。人によっては「自分の知る輝夜宮代表ではない」と思いそうなほど、陳腐な反応に感じられるだろう。だからこそ、俺は彼女が好ましい。
「……俺の勘違いでなければ、俺たちはいわゆる、“両思い”ですよ。代表」
打算を秘め、畳み掛ける。「誰も隙間には入れません。安心院女史なんてもってのほかです」と意地悪に続けると、代表から喉がきゅうと鳴ったような音がした。彼女は存外と「ロマンチックなこと」が好きなのだ。
この人に、「貴方が俺を意識する前から俺は貴方を意識していた」、なんて言ったらどんな反応をするだろう。自分が抱える恥ずかしさより、彼女のそんな仕草が見たいと思ってしまう。今や、数日前の告白への後悔も、五パターンの言い訳も、何一つ浮かばない。また知らない自分の一面が、彼女によって引き出される。何にせよ俺はいつも、輝夜宮代表の手の内にある。だからこそだ。
「…………今の自分の感情を、形容、できない。こんな……自分の、ことなのに」
こぼれ落ちるように呟いた代表の姿に、(……見ている分には、わかりやすいが)なんて野暮な突っ込みを入れる。
「貴方とわたしが、同じ気持ちだったなら。そう思った事は、何度もあった、けれど、これは……」
そうだろう。今や貴方が自分自身に自信がないことも俺は知っている、それが誰よりも貴方の側にいたことの証左だ。などと、誰に伝えるでもない勝利の余韻を秘めた宣言を心内に綴る。
やや紆余曲折あったが、どうやら良い方向に進むことが出来たようだ。
……なんて短絡的にそう思ったから、俺はあくまで「優秀」──止まりなのだろう。
「……しかし、“貴方がかつてプレイボーイであった”可能性に対する強い否定材料には、まだ」
「はっ!?」
──思わずクソでかい声を出してしまった。慌てて再び覗きこんだ代表の顔は、恋を煩う少女のそれでは無く、難題にぶつかる人類のように、深刻になっていた。
「わたしたち、共にいる事、それに対する他の選択権がなかった。わたしが貴方を雑念なく好いていても、貴方がわたしを雑念なく好いている可能性は、イコールではないだろう」
「はっ? えっ……?」
「わたしは、貴方を困らせることが多い。それは、わたしの甘えによるものでもあった。そんな相手を仕方がない、と好くことに、保護者の観点が無い可能性は、無い。また、貴方はとても逞しいけれど、わたしは貧弱。生命体の、感情の絡む恋愛において、本能は大事。わたしという肉体は、異性にとって魅力的とも思えない」
「はあああ??!?」
「……包み隠さず正直に言えば、わたしはカレンを、女性としても羨ましく思っている。それ故、衛士さんがあんなにも魅力的なカレンに揺らいでいない可能性に、全てを賭けられない」
「…………」
「それらを加味し、それでもここで“恋”という不確かなもの、自分にとって都合よく甘美なものに、手放しで溺れる理由を見出せずにいる……なんてこと、恋とは相手が必要なもの、わかりきっていたことなのに、いざ当人にならないと及ばない考えが、多すぎる」
「……」
「……ごめんなさい。また、衛士さんを困らせてしまった」
「──いい加減にしてください」
地を這うような声だったと、後から代表は言っていた。つまり、目まぐるしい思考の渦に揺蕩う彼女を現実に引き摺り戻すには、十分すぎるものだったと。今にして思っても、間違った事は言ってないし、してない。代表の気まぐれに振り回されること、……ありのままにいえば、突然後ろから刺されることも唐突にはしごを外されることも、沢山経験してきた。それらは代表とのコミュニケーションのひとつになっていたので、呆れはしても、嫌ではなかった。
けれど自身の自信のなさを、「俺が好きな貴方のすべて」を、一つずつ“無いもの”と扱われるのには、無性に腹が立った。そうしているのが、他でも無い貴方自身であったとしてもだ。
「えいしさ、」と溢す代表の小さな唇を、手袋越しの親指で撫でさする。「失礼します」と言葉に残せたのは温情だった。おもむろにその口元にかぶりつくと、彼女は面白いくらい肩を跳ね上げた。俺たちの物理的な力関係は、先ほど挙げていたように彼女がよく知っている。もっともらしい抵抗こそ無かったけれど、無理やり顎を持ち上げて貪るように舌を捩じ込んだのは、きっと「恋するもの同士」のそれでは無かったはずだ。それくらい、腹が立っていたからだ。
空気の抜けるような「ん……」と言う声を覆うよう、彼女の舌を執拗に舐る俺が立てる水音は、とても淫らなものだった。
それよりも、だ。今はとにかく疑り深いこの人に、わからせなければ。言葉以上の、なにかで。
「ぷは」
ねろりと舌を解き、息をつく。つう、と離れた互いの口から唾液の橋が渡る。生理的なものか、代表の瞳が不安に揺れていた時以上に、潤んでいる。突然かつ強引な口付けだったから、苦しかったのもあるだろう。彼女の愛するロマンもへったくれもないし。俺の右だけの視界に収まっている、何が起こっているのかわかっていないような彼女。代表の姿がいつもよりずっと幼く感じられた。
「……これで、終わりじゃ無いですよ」
「あ、う」
「代表、次の《
「ひ、……いとは……予定では、明日、」
「ですよね。明日のための安定薬を用意しているのを、見ていましたから。……薬は要りません。俺に、処理をさせてください──いや。します」
「え、っと、っそれは……」
「します。いいですか。明日の予定、全て変えます。貴方が抱えてるつまらない不安を取り除くと、約束します。“また衛士さんに迷惑をかける”……なんて言ったら、謀反を起こしますよ」
「むほん……!」
流石に逃げ道を塞げたようで、代表は彼女にしては大きく開きかけた口を手のひらで隠しながら、それでもその瞳を困惑と動揺に揺らしている。
ここまで来たら、どうにでもなれ、だ。俺はただ、代表にとっての唯一無二の頼れる衛士でいられればよかったのに、こんなに好き放題されたのだから。その先を見せてやらなければ気が済まない。彼女のまだ見たことのない一面を、とことん暴いてやる。
俺は立ち上がり、ひとまず解散を促す。普段と立場が逆転したかのようで、少しの罪悪感こそあったが──代表はしばらく呆然としていて、おぼつかない指先で帰り支度をしている。この時ばかりはこっそり、良い気味だと思った。
──俺に与えられた一室は、もともと殺風景な研究施設のそれだったが。代表から始まり、色々なことを経て。今はほんのりと、俺個人の色がついた場所となっている。
ひとまずはシャワーを、と思ったが、やはりそれは最後にしようと決意しクロスタイを緩めデスクの前に座る。
支給されているタブレット型のメモリア、参考文献、電子辞書。財団の所持する「
転生体としての「知識の同期」でこの年頃の生命体が持ちうるあらゆる知識は入れ込まれているが、こういった“性”の要素は不思議とタブーのように、薄く引き延ばされている。
漠然と、ではダメだ。「
俺はそれを知らない、知らないからこそ、それらを遥かに超える事をして、代表を“わからせ”なければならないのだ。そう思いながらも、同時に我ながらなんと馬鹿馬鹿しいことかと思った。
──それでも必死で知識を詰め込んでいたのは、紛れもなく俺自身も“恋を煩っている”ことの証拠だった。
◇
「……衛士さん、ひどい顔……」
これはまあ随分と、ユーモアのある言葉。
なぜなら、俺と同等か……俺以上に代表の顔は、ひどいものだったからだ。一晩中、葛藤か、なにかしらしたことが伺える、すでに疲れたような表情。それでもどこか期待が滲んでいるように見えるのは、俺の期待がそのまま彼女に映っているせいなのか、それとも。
「代表も、相当ですよ」
「ふふ……わたしも、そう思う。こんなにも、眠れなかったのは……足の切断手術のあと、麻酔が切れてきた、あの夜以来」
「あまりにも重すぎることを言わないでください……そこまでの事態ではないでしょう」
やや急ではあったが、《
……なんだか、規則に反しているような気分だ。もし、俺たちが普通の学生なら──授業を抜け出して遊んでいるような、そんな感覚だろうか。いけないことをしているという気持ちが、行動の味付けになるというのをこんなことで理解した。
代表はすっかり暴走に茹で上がっているようだった。今までも何度か彼女の
数分前、こうなったのだからと思い切って「普段はどうしてたんですか」と聞いた。いつも通り黙秘されるかと思ったが、代表はぽつりと、「指で」と言った。そして、「あまり、上手くない。興味がなかったから、かもしれない。不完全で終わることが多いから、近頃はめっきりしていない」と続けた。
「……忘れているかもしれませんが、俺は一度貴方の裸を見ていますよ」
先ほどの重い発言は、彼女がたまに放つブラックジョークのようなものだ。それに気づいたから、俺は「俺を」意識させるように言った。
──まだ衛士になりたての頃、潮汐力の制御を乱していた彼女の湯浴みを手伝ったことがある。あの時、互いに恋愛感情などなかった。ただ淡々と過去の傷を見せ、持っていた記憶の話をし、なぜ「夢を見るのか」、それについての共有をした。何よりも尊かった記憶のひとつだが、それはそれとして、彼女の裸だって目に焼きついていたに決まっている。それは(……多分)生き物の、……年頃の男としての、性であるはずだ。
「それは、そう。忘れた事は、無い……汚いものを見せてしまったと、後悔したもの」
彼女はそう言って上着越しに傷を撫でる仕草をした。……気を抜いたらすぐ、湿っぽい空気に持っていって。彼女の自信のなさは、思ったよりも根深いようだった。
財団のトップとして矢面に晒される傍らで、常に無数のコンプレックスに苛まれているのなら、それは年頃の少女にとってとても痛いことだろうと、異性である俺でもわかる。俺は「転生体」でいることに感慨も憎しみもあまりなく、悪くいえば無関心であったけど──それでも、生き残ったかつての家族の様を見ると、苦い感情になるからだ。
だから、このままだとジメジメした時間になってしまう。俺は今日というこの日に、感傷を出来る限り持ち込まないと決めていた。とっておきの──もっとシンプルな、大事な言葉を用意し、それを伝える。それだけを考える。そうだ。少し息を整えて、手袋を外した。
「違います。貴方の傷を見て、痛ましく感じることがあっても、汚いなんて、思ったことはないです。──ほら」
「っあ」
するり、と背中を撫でる。彼女が引きずるその痛ましい傷跡を、体温で、溶かすように。俺の声音で、代表も何かを感じてくれたのかもしれない。普段からは想像できない上擦った声を出して、驚いたように俺を見た。暴走状態の火照りとは違う、純粋な赤みを感じる。その反応はこの上ない劇薬だった。俺だって、男だからだ。
ベッドに腰掛け、彼女の体を覆い隠すように後ろから抱きしめる。すっかり弱々しくなった代表の二の腕から白衣を引き抜き、横に置いた。皺になるかも、なんて発想がこの時は出てなかった。明らかに心拍数を上げている代表の肩を甘く撫でながら、肩甲骨のあたりに唇を寄せる。愛撫というやつだ。
「っふ……あの、えいしさ」
「ん」
「ひ……そ、んな急、に」
「ん……」
彼女からしたら突然始まったように感じただろうか。艶やかな髪をかけ分けて、首筋にちゅ、と吸い付く。しっとり汗ばんでいて、彼女も人間なのだと改めて感じる。内出血の痕は、思ったより上手くいった。もっと鮮やかにするには慣れが必要かもしれない、なんて妙に冷静な自分の横で、さらに早急に組み敷こうとする自分が起きあがろうとしていたので、そうではないだろうと理性で押し止める。
代表の薄い腹を服の上から優しく撫でる。その間も、首筋への口付けを忘れない。音を立てて吸ったり、静かに舌を這わせたりする。代表ははふはふと息を乱し、震えていた。彼女がびく、と跳ねるたび彼女の義足の関節部分がかちゃ、と鳴った。
「そ、それ、だめ……どきどき、する。貴方の息が、肌に、触れる度に」
「……そうやって仔細に説明出来るのも、今だけですから……」
「っあ! あ……や、ん、!」
挑発兼、希望的観測を口にしながら、彼女のなだらかな胸に手をかける。決して凹凸がないわけでは無く、まだ衣服越しなのに思った以上に柔らかくて。俺の身体にはない明確な異性の部位に触れた時点で、とんでもない刺激ではあった。けれど。
何より、このひとはなんて可愛い声を出すんだと思った。静かに薪がくべられていた火の勢いが、ぐっと強くなるのを感じる。代表が着ている、ノースリーブのワンピース……腰のベルトを緩めて、少しゆとりができた腋のあたりに指を差し込めると、彼女は恥ずかしそうに首を振った。
「だ、だめ、そこ、手を……入れたら」
「それは……服の上からなら、ずっと触っていいということですか?」
「あっ、ちが……う、……! そうじゃ、な、ちがう、違うったら」
品のない意地悪にも、代表が面白いくらい反応する。右手は服の上から胸を揉みしだいていたが、彼女が無防備になるのを見計らって左手をさらに侵入させる。指先が下着のレースに触れたので、さらにその下を目指して潜らせた。柔肌とは少し手触りの違うところに行き着き、そのままほんのりと硬いところに触れる。しっかりと触るわけでは無く、たまに撫でるように周囲をくすぐると代表はまたか細く、細切れな甘い声を出した。
より興が乗ってきて、俺はさらに代表を覆い潰すような姿勢になる。彼女の熱いくらい真っ赤に染まった耳に舌を這わせて、じっくり舐ってやる。その間も両手がそれぞれの動きをして、彼女の乳房を堪能した。手のひらで覆い隠せるほどの慎ましさが、喉が渇くほど扇情的だった。
「可愛い」
「っ!!!」
「可愛いです。代表。もっと触りたい。先に行きたいです。ダメですか」
「っ、~~~っ、きょうの、わたしに、きょひ、けん、なんて」
「無いです。さすが、代表です」
「あ、」
呆気なく、首元のボタンを全て外すことができた。ゆるく開いた胸元から、彼女が今日のために着てきただろう下着が見える。白くて、小ぶりなレースがついている。胸元もじっとり温まっていて、緩く汗が伝っていた。俺が暴いた後で、片方の乳房の天辺が見え隠れしている。ほんのり色づいた乳首を淡く撫でると、さっきよりもずっと硬くなっていた。
「やら、そこ、む、ね、ばかり」
「まだ、そんなに触ってないです」
「さわって、る、こんな、こんなにさわ、……しんぞ、だめ、こわれちゃう」
「壊れませんよ」
「う、うー、ん……う、う」
代表が両手で顔を押さえて、嗚咽のような嬌声を漏らした。これもまた随分小さくて、どこまでも奥ゆかしいひとだと思った。こりこりと勃った乳首を指先で蹂躙する。かりかり引っ掻いて、天辺の凹みに軽く爪を立てて。指先でつまんで、くりくりと動かした。ここら辺はインターネットでやけくそ気味に学んだ責め方だが、効果があったようでよかった。俺自身、代表の長い髪で手先がしっかり見えないこともあり、隠れたところにある彼女の乳房を愛でている行為にこの上なく興奮した。
結果、少し長めの上半身の愛撫となったことは否めないだろう。それもこれも、首を振って快楽に流されないように必死な、このひとが可愛いからだ。
「代表。いつもひとりでどうやって、慰めているんでしたっけ」
低く囁いて、彼女の秘部のあたりにスカートの上から触れる。はっ、と両手を顔から離し、代表は俺の指先を注視した。甘く引っ掻くように指を這わせると「あ、あ」と震えた声で呻く。
「そこ、そこだめ」
「全部だめじゃ、何もできませんよ。どうやって慰めてるんですか」
「あの、だめ、ちが、ふっ……う、や、服の下、だめ、手、ちかづけちゃ」
代表の拒絶を後押しとして、スカートの下に躊躇いなく手を差し込んだ。ショーツのクロッチ部分から、彼女の大事なところを擦る。男である俺には、股間に当たる部位に何も無いというのが、改めて衝撃的であるのだが──そこは昨晩、散々付け焼き刃の知識として叩き込んだ後だ。布がほんのり湿っていたものだから、そちらに興奮と納得があった。代表はちゃんとここまでで、感じてくれていたようだ。
「良かった。ちゃんと濡れていて」
「なんで、そん、や、らし、さわりかた」
「やらしいことをしてるからです。外を撫でるのも、中を擦るのも、選べませんから、両方しましょうか」
「っひ……!」
ショーツをずらし、俗にいうクリトリスのあたりを触れるか触れないかの距離で撫でつけると、代表が今までで一番体を跳ねさせた。感じすぎて震えているのか、肩が揺れていたから「手の置き場がないなら、俺を掴んでください」と導くと、本能に従うように俺の二の腕を緩く掴んだ。華奢な指先に力が籠っているのが、妙に愛おしくて。《
声も出せないくらい、代表が仰け反った。それを合意と捉えて、刺激を与えることを開始する。ほどよい愛液が、良い潤滑油になっている。ぬちぬち、陰核を扱きながら、きゅうきゅう収縮する彼女の大事なところへ、指をひとつ、緩く差し込む。とてもキツかったけれど、少し力を入れるとぬるりとそこに侵入できた。その衝撃で代表がまたびくんと痙攣した。
「ゆ、び、はいっ」
「入りました。代表の中」
「なん、そんな言いっ、方っ」
「言葉にしたほうが、興奮するので」
「っあ、ぬき、抜き差し」
「はい。いやらしい音がしてます」
「あっ、あ、らめ、こんな、こんなのしらな」
「クリトリスも硬くなって。今、
「ふあ、あ、あっ、ぁ」
何が起こっているのか分からないと言った様子で、とにかく小さな嬌声を出して震えるしか無い代表には、まるで生まれたての子鹿のような愛しさがあった。義足のかちゃかちゃという音まで大きくなっていて、どれだけ快楽に浸っているかが聴覚にも伝わってくる。
俺も生唾を飲み込んで、指の抜き差しによりふやけてくぽくぽとよりいやらしい音を出し始めた彼女の秘部をじっと見つめる。指にまとわりつく愛液の量がどんどんと増え、指先が言い訳できないほどにびしょびしょになっていた。もっといけると思って、中指に人差し指を添えて挿入を続けると、指が増えたことで代表ははくはくと、口を動かした。
どんどん甘えた声になる代表に後押しされ、増やした指を動かす。動画で見たように、腹の裏側あたりを思い切ってぐっと刺激すると、代表が一際腰を揺らし脚をピンと伸ばしたものだから、これが俗にいう「いいところ」なのかと気づきを得た。昨晩の勉強の時も、動画を見ている中でどうしても興奮するものはあった。けれど、実際に代表とそれをやっている事実の方が、何百倍も頭の中をおかしくさせる。俺は代表を愛おしい異性として慕う気持ちと同じくらい、俺よりも力が弱い生命体を甘やかすという背徳感に、身体中が浸されて熱くなっていた。代表の揺れる髪や、控えめな乳房が愛おしくて、腕がもう二本あれば……などと馬鹿げたことを考えてしまったほどだ。
「こんな、わた、し、じぶん、こんな、ことになったこと、な」
必死で弁明するように首を振っている代表。言いたいのは、きっと「こんなに感じやすい人間ではない」とか、「普段から自慰をしているわけではない」みたいな、言い訳ではないかと予想した。そこが、たまらなく愛しいと感じた。
「“俺が相手だから”、こうなってるでいいじゃないですか」
「っあ、ああっ」
「今日の予定がこうなった理由、覚えてますか……? “わからせたいから”、ですよ。俺が貴方を、どれだけ好きか」
「あ! だめっ、いま、いま、好っ、」
「代表」
「っあッ♡」
彼女がとびきり甘い声を出した時、それが好機だと悟った。かり、と一際強く陰核を弾き、腹の裏をぐ、ぐ、ぐ、と連続で押し込む。代表は声にならないような声を長く発して、うんと仰け反った──しばらくびくん、びくんと細い体躯を揺らした後、ずるずると俺の体に沈んでいく。どうやら、なんとか絶頂に導けたようだ。興奮と同じくらい、安心する自分がいた。
頃合いを見て指をそっと引き抜くと、彼女の秘部が糸を引き、物欲しそうに痙攣するのが見えた。くったり身体をしならせ、肩で深く息をする代表が、いつになく小さく見えて──なんだか急に切なくなって、代表の腰に手を這わせて自分の元へ抱き寄せる。少しして、代表の震える手が俺の髪を撫でたのを感じた。
「──未知の領域。」
「……第一声がそれですか……」
「目の前に、火花が散った。冗談ではなく。あなたに、いま、愛されてるって、思った」
「それは……その通りです」
「性器への接触で、こんなにも満たされた思いを得たのは初めて、…………衛士さん、どれくらいお勉強した?」
「──物凄く。」
「ふふ……真面目、誠実。ひねていても、ひねているから、貴方はとても、まっすぐ。そういうところも、好き」
「代表……、」
汗で張り付く彼女の黒髪が、いつも以上に扇情的だった。代表がゆっくり身体を動かし、俺の方をじっと見ている。綺麗な、紅い瞳。吸い寄せられるようにキスをした。先日の乱暴さとは打って変わるほどの、静かで余韻のあるそれは、安堵に添えるには十分すぎた。一方的な接吻ではなく、代表が俺の呼吸に応えている。小さな口で必死に想いを預けてくるようで、また違う情欲が舐られる感覚がした。
唇を離した代表が微笑む。その時、左瞼の圧迫感がなくなっていて──彼女の手には、俺の濁った左目を隠すための眼帯が握られていた。「やっぱり……衛士さんの顔立ちは、かわいい」と頷く代表が俺の頬をなぞる。
「わたしだけ、気持ちよくなるのは、嫌」
「それは」
「《
「……詩的ですね」
「うん……あなたのおかげで、きっと、なんでも受け入れられそう。はじめて、自分は“雌”なのだと感じてしまった。つがいを欲して、胎の奥が収縮してる」
「今度は、あからさますぎです」
身体を起こして、恥ずかしそうに俺と向かい合う代表。軋む義足の音が、条件反射として記憶に刻まれそうな危うささえあった。はだけた胸元を思い出したかのように手で隠しているのが、やっぱり奥ゆかしい。
「なんて、言えばいい? 衛士さんが欲しいって、ことを伝えたい」
「それです。伝えられてるじゃないですか」
「あ……そうか。うん……欲しい。衛士さんのこと、欲しい」
「……言われなくてもわかります。それは、俺だって──」
先ほどまでは、代表を気持ちよくさせるために必死だった。その目的は一旦達成され、代表は今度は「互いに気持ちよくなろう」と言っている。勉強したことから、少し外れた行為になる。それでも、俺もそれを心から望んでいる。
「どうが、いいです?」
「それは、体勢? ……避妊行為の有無?」
「……なんでそんな発想になるんですか」
「性行為の結実は、子孫繁栄にある。うん……わたしたちにはあり得ない結果だけれど、雰囲気的に、言ってみたかった」
すっぽり俺の腕と腕の合間に収まった代表は、頬をより赤くしながら前髪を少し触っている。
「代表、形から入りますよね。結構」
「理論だけでは、空想に過ぎないから。とはいえ、もしここに避妊具があっても……いまのわたしなら、多分、燃やす」
「急にそんな……」
「そのままがいい。体勢は、あなたの好きにして」
「……すごい殺し文句ですよ、それ」
「さっきの衛士さんが、まるで王子様みたいだったから」
「…………馬鹿にしてます?」
「……斜に構え過ぎ。貴方は貴方が思うよりずっと、素敵な殿方」
「好き」をぶつけて黙らせてやろうとしていた自分を、彼女はこの数十分の急成長で簡単に飛び越えてしまったようだった。結局、俺は代表には勝てない。どうあっても……それをまざまざと感じさせられたようで、悔しくて、嬉しい。代表に頬を撫でられて、また、キスをした。すっかり恋人同士のそれになった行為に、今更気恥ずかしさが湧いてくる。なんとなく、それは代表も同じな気がした。
「転生体は極力、元となる生命の自然の形を真似ている」──なんて意味のないことだろうと、かつての俺は思っていた。一度、代表に見解を問うたこともある。その時の代表は少し遠くを見て、こう言った。
『魂は、魂の形に従った正しい容れ物を求める。一人の人間である貴方が、身体を求めた時──容れ物が人の形ではなかったら、きっと悲しいはず』
今ならその意味がわかる気がする。本能に従って挿入の形を取る自分自身を、代表の秘部に添えると、代表がまたはふはふと息をし始めた。
「緊張」
「指より、太いですからね……」
「一度しかない経験を、好きな人と共有できるというのが、確かに幸福なのが、わかった」
「……まだ挿れてないですよ。早いです」
「では、はやく。遠慮、しなくていい」
「ん……」
また、難しいことを言って……自分がどれだけ小さくて繊細か、わかってないんだろうか。俺には少し、かなり、勇気のいることだ。代表は結局正常位を選び、何もかもを受け入れる姿勢で俺を見ている。あの輝夜宮代表が、だ。俺はすっかり口癖のようになった「失礼します、」を小さく告げて、彼女の中に自分をゆっくりと差し込んだ。
「ん……んっ」
「く……」
じんわり、できる限りやさしく、自然と、拡げるように──なんて建前で、間違いなく性急に腰を進めていた。代表が痛みに唇を噛んでいるのが分かって、それでもなお進むことは止められない。いまこのひとは、俺のことだけを見ているのだ──そう思うと、止まれるわけがなかった。
代表の声に相応の苦しさが滲んでも、俺はそのまま身体を密着させた。やがて、隙間なく互いの下半身がひっついて……俺の身体は完全に、代表に覆い被さる姿勢になっていた。繋がることに躍起になっていたけれど、それが果たされ馴染んできて、代表の内側を感じ取れるような感覚がして、背中が甘く、ぞわりと痺れた。
「っぐ……」なんて情けない声も出ていた。だらしない顔を見せないよう先に枕に顔を埋めて息を整えて、代表の顔を見た。
「っふう……」
「代表、」
「圧迫感……」
「大丈夫ですか」
「快楽より、痛みが、……それより、充実感が、勝る」
「……それは、確かに」
「ふふ……最初から、お互いにひどい顔だったけれど。多分、もっとひどくなっている」
「……間違いなく……」
「しあわせ」
代表が、とても可愛らしく笑った。ひどく単純だが、このひとのこんな顔を見られて。ここに至るまでにあった、恥ずかしいことや嫌なことの大半が、吹き飛んでしまった。
「……動きます」
彼女が緩く頷いたのをきっかけに、抽送を開始した。指で撫でさすったことを意識して、代表の内側を抉る。指のときも、内襞の生々しさにゾクゾクしていたけれど──この部位は改めて、男性器を受け入れるためのものなのだろうと、理解した。
代表が感じたような小さな声を上げるたびに、膣内が微細な動きをしてみせる。先ほどの行為で愛液は十分すぎるほど溢れていたので、突っかかることも苦しくなることもなく、ぱちゅ、ぱちゅ、というはしたない水音が止まらなかった。
「っあ、あっ、……あ、っあ……っ」
この動作に少し慣れてきて、両手を代表の真横に置くこと以外に目を向けられそうになった。代表が瞼を閉じて気持ちよさそうにしているのに安心して、無防備になっている彼女の乳房に触れた。途端に、代表が目を開いて困ったように首を振った。
「や、それ、だめ……最中に、むね、は」
「代表、もしかして弱いんですか。ここ」
「わから、ない、でも……あっ、あなたに、さわられたら、だめ、だめになる」
「駄目になって欲しいです」
丁寧に弱点を教えられて、そこに触れないわけがない。ピストンの度緩く揺れる彼女の胸に優しく触れた。やや柔らかくなっていた乳首も、少し引っ掻くだけですぐぷくりと膨らんだ。嬌声の甘さも、代表が気持ちよさを伝えているように感じる。言葉通り、とことん駄目になって欲しくて……俺は腰を揺すりながら、彼女の乳首を口に咥えた。舌先で、こりこりと舐めてみる。
「っふあ! っ……や、そんっ……嘘」
「ん……、」
「歯、立てちゃ……っあ、だめ、それ、えいしさん」
ちゅ、と音を立てて吸い付き、歯を立てて刺激を与えた後、柔く舐って唇を離す。代表の口元から涎が垂れるのを見た。
「はぁ、代表、すごい。口元、ゆるゆるです」
「らって、それ、らめらって、いった、あ」
「泣かないでください、かわいいから」
「さ、さで、さでぃすと」
「好き放題言ってくれるけど、もう、なんでも、いいです」
腰使いもそこそこに、代表の胸を舐ることに夢中になってしまう。赤ん坊みたいだな……などと、情けない気もするけれど。代表がこの行為で特に「あ、あ、」と鳴いて、どうしようもないくらいナカを締めるのがたまらなかったから、しつこく続けた。
そのうち俺の頭に手を置いて俺の髪を軽くひっぱりながら悶えていたから、よっぽど良かったんだと思う。俺もすっかり、今まで以上の代表のあられもない姿にどろどろに溶かされていた。
しっかりと顔を上げると、また両手を覆って顔を隠す代表が視界に入った。ちょっと強引に、彼女の手を自分の手でどかす。瞳が熱に浮かされて、蕩けて光っていた。この俺の手でそうなっている代表は、想像の何百倍も魅力的だった。
「代表」
「あ、えいしさ、……んうっ……う」
「見てください、俺のこと」
「見て、みてる、みてる……みてた……ずっと」
「……俺もです」
いつになく素直な彼女の言葉に、どうにか応えたくて、中を突く動きが早くなる。
「っあ、また、はや、くなっ……はげし、」
「見てたんですよ、代表のこと。誰より近くで」
「みてっ、あ、ん、うれ、嬉しい」
俺の第二の人生は、貴方で始まった。彼女にはその重大さを、一生抱えていて欲しい。
「嬉しいです。かわいいです、かぐやさん」
「ひゃあっ」
「っく……、はい、一度、呼んでみたくて」
改めて名前を呼ぶのは、相当に、気恥ずかしかったけど。呼んだ瞬間また、びっくりするくらい秘部が締まったから、それもまた愛しさを助長した。
「う、……ぅ……、うこん、さん」
「……っ、はい」
お返しにふわふわした声で名前を呼ばれて、俺も不覚にも胸をきゅうと掴まれてしまって。
「あっ……ぁ、ふふ、はずかし、なまえ」
「そう、ですね。照れます」
「あ、あ……こんな、しあわせ、どうしたら」
「ずっと、覚えててくださいね。俺がいなくても、忘れないでくださいね」
「わすれ、なっ……る、わけな、……」
彼女の道は、これまでもこれからも地獄の業火に続くことに代わりない。だからこそ、俺は貴方のお供がしたい。できれば、貴方の最期まで、だけど──それは、叶わないことだ。
湿っぽくしたくはなかったけど、結局口をついて懇願が漏れてしまった。代表は心を痛めたような顔をして、悲鳴のように言った。自身の腰に添えられている俺の手を、彼女は揺さぶられながら、手探りで撫でようとしてくる。
貴方は誰よりも、不器用で健気だ。
「かわいい」
「あっ、っあ、やあ、そこ、えぐる、の、らめ」
「好きです。好き。俺は、あなたが」
「わたし、……もっ、~~~~っ……!」
──結局、最後に自分を突き動かしたのは「このひとが好きだ」と言う気持ちに過ぎなかった。
小難しい御託なら、いくらでも並べられて。斜に構えることも、いくらでも出来る。だから……だからこそ──「このひとを好いている」という純粋な結論に到達するのは、必然だったのかもしれない。
便箋に浮かぶ、貴方の揺れる繊細な文字を見た時から。初めて顔を合わせた時の、どこか遠い場所を見ている人離れした微笑みから。湯船の中で見せた、後悔と人間臭さから。俺をからかって遊ぶ、無邪気なところから。いくらでも、そこに行けたんだろう。
ぐっと彼女の身体を掻き抱いて、絶頂を迎えた。代表もびくびくと震えて、それに応えてくれた。──どうやら、転生体にもしっかりと性的欲求があり、男性モデルは擬似精液のようなものを身体の仕組みに則り放出することができるようで。そこに関してほぼ触れることなくここまで来てしまったが、最早瑣末な問題に思えた。
なんにせよ──彼女の胎内に、俺は自身の生命の一端を吐き出したのだ。代表と同じように、俺も汗までかいている。全てにおいてこの身体は、本物そっくりだった。俺の背中を包む代表の手の力が緩くなるまで、身体を密着させていた。ふう、と息をついて離れる頃には、ことを始めて一時間以上経っていた。
“セックス”とは生殖行為であるが、同時に愛する者との気持ちを確かめ合う作業だ──だとか、都合のいい話だと思っていたけど。気持ち良さとは違う、充足感を求めるための共同作業であったことには、同意せざるを得ない。
窓から差し込む日が少し、傾いている。
「……《
「……とても……」
「よし。俺の勝ちです」
うそぶいて身体を起こす。俺の肉体にしばらく押し潰されていた、代表の身体がほかほかしている。気遣いながら代表を起こして、乱れた髪をゆるく梳くようにすると、彼女はいつも通りに身をこちらに預けてくれた。
「うん、わたしの、負け……今日は、というか、ここ数日は……最初から、負けている。衛士さんの勝ち。完全勝利」
「……冗談ですよ。代表に勝てたことなんてないし、これからも無いと思います」
本心だった。──負けたく無いと思ったことも、負けても仕方ないと思ったのも。家族以外では、貴方が最初で、最後だろう。
代表は俺をゆっくりと見た。陽に照らされて輝く姿が、空に浮かぶ月のようだ。
「……そうだと、しても……、貴方は、ありのままのわたしを見てくれるから」
「……はい。見るなと言われても、見てますよ」
俺の言葉に、貴方はまた幸せそうに笑った。
「この頃の姫様は、たいっへんに、色っぽい!!」
結局、オチはコイツだ。
誰も聞いてないのにそう喚き、ひどく嬉しそうに瞳をギラつかせている。廊下で大声で喚いている安心院女史は、周りの職員たちにドン引きされていることなど気を留めず、俺の姿を見つけものすごいスピードでつかつか歩み寄ってきた。まるで競歩だ。思わず「うわっ」と声が出る。
「そうは思いませんか衛士殿!!! ワタクシ、心臓がいくつあっても足りませぬ!! なんといいますか、外見的な美しさには磨きがかかり、内面的な美しさには勢いがついています!! 子どもと大人の中間のような、一時の煌めき! それこそが青春!! アメイジング!!! 美しく残酷なこの世界に、ありがとう!!」
──多分この人は、相手がいなくとも相槌がなくとも、壁に一人で喋り続けることが出来るタイプだ。配信者とか、そういうことにも向いてるんじゃなかろうか。多方面に怒られそうなことを思いつつ、同時に女史の代表を見る眼差しに曇りがないことを認めていた。彼女は純粋に、一途に、代表を愛でている。それは俺も同意する。
だけど、敵に塩を送ってばかりの俺ではない。
「はい。代表は、魅力的です」
「オオッ、そうでしょ………はえっ?!」
「……貴方より後に、俺は彼女と出会いましたけど。今後も貴方に遅れをとる要素は、一つもありません。悪しからず──あんまり騒いで、周りに迷惑をかけないでください。では」
負ける気がしないとは、このことだろうか。少なくとも俺が“二度目を生きている間”は、代表の隣は誰にも譲らない。
久々に口角を上げて笑ったが、個人的に会心の出来を繰り出せた。スッと真顔に戻り、踵を返し、執務室へ向かう。背中越しに安心院女史の、最早金切り声のような黄色い(?)歓声を浴びて、ただただ俺は──代表の傍で「一秒でも長く、生きてやる」と謎の生命力を漲らせたのだった。